羽根沢温泉

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所在地 山形県最上郡鮭川村大字中渡
座標 北緯38度48分54秒 東経140度09分08秒 / 北緯38.81495度 東経140.152211度 / 38.81495; 140.152211
交通 山形新幹線新庄駅より鮭川村営バスで約30分。
羽根沢温泉
温泉情報
所在地 山形県最上郡鮭川村大字中渡
座標 北緯38度48分54秒 東経140度09分08秒 / 北緯38.81495度 東経140.152211度 / 38.81495; 140.152211
交通 山形新幹線新庄駅より鮭川村営バスで約30分。
泉質 炭酸水素塩泉
泉温(摂氏 47 °C
液性の分類 低張性
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羽根沢温泉(はねさわおんせん)は、山形県最上郡鮭川村大字中渡(旧国出羽国明治以降は羽前国)にある温泉

泉質は含食塩重曹泉(穏和低張性高温泉)[1]。県内では数少ない間欠泉で、ph8.4の弱アルカリ性[2]。泉温摂氏47度。強いとろみがあり[3]、「美人の湯」と呼ばれている[2]

ほのかに石油の臭いがする[4]。珍しい泉質であることから、県外からも温泉愛好家が訪れる[5]

温泉街

山間の狭地に位置するが、旅館や食堂が道沿いに並び、小さいながらも温泉街を形成している。源泉をそのまま使用して3軒の温泉旅館(後述の理由により1軒は休業中)と1軒の共同浴場に配湯している[2]。温泉街内の無料駐車場傍の川沿いには共同浴場も存在する。共同浴場は羽根沢地区の集会場と一体になっている[5]

民謡の羽根沢節がうたい継がれている[6]

「丑湯治」といって土用の丑の日に温泉に入る習慣がある[5]

歴史

羽根沢の由来は、このあたりの住民が、新庄藩の藩主にの羽根を献上したことから名づけられた。

1919年大正8年)より始まった日本石油による石油試掘中に地下約600 mから温泉が湧きだした[6]。湧き出たのは1921年(大正10年)で、石油採掘としては失敗のため同年廃坑になったが、加藤留之助などが中心となって湯権を獲得[6]。1924年(大正13年)には羽根沢温泉組合が結成された[1]。この頃、5軒の旅館ができた[1]。温泉は天然ガスとともに湧出していたため、電気の通る前はガスを分離のうえで燃料や灯火として利用していた[6]

戦中になり、旅行客がいなくなると一時存亡の危機に立たされたが、客がいなくなった空き部屋を小屋にし、養蚕を行いながら細々と温泉宿を維持してきた。

1982年(昭和57年)12月には羽根沢温泉スキー場ができた[7]

2024年7月25日からの大雨により、1959年創業のホテル紅葉館が浸水被害を受けた[8][9]。同旅館が保有の近くの土地にて再建計画を立てるも、再建に関わる資機材費、人件費の高騰による計画予算の上昇(1.5倍)、県から来るはずの補助金が当初予定していた額よりも下回ったので多額の負債を抱えるリスクが高まったため断念[9]

アクセス

山形新幹線新庄駅より鮭川村営バスで約30分、終点「羽根沢温泉」バス停より徒歩すぐ。

脚注

関連項目

外部リンク

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