羽根沢温泉
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温泉街
歴史
羽根沢の由来は、このあたりの住民が、新庄藩の藩主に鷹の羽根を献上したことから名づけられた。
1919年(大正8年)より始まった日本石油による石油試掘中に地下約600 mから温泉が湧きだした[6]。湧き出たのは1921年(大正10年)で、石油採掘としては失敗のため同年廃坑になったが、加藤留之助などが中心となって湯権を獲得[6]。1924年(大正13年)には羽根沢温泉組合が結成された[1]。この頃、5軒の旅館ができた[1]。温泉は天然ガスとともに湧出していたため、電気の通る前はガスを分離のうえで燃料や灯火として利用していた[6]。
戦中になり、旅行客がいなくなると一時存亡の危機に立たされたが、客がいなくなった空き部屋を蚕小屋にし、養蚕を行いながら細々と温泉宿を維持してきた。
1982年(昭和57年)12月には羽根沢温泉スキー場ができた[7]。
2024年7月25日からの大雨により、1959年創業のホテル紅葉館が浸水被害を受けた[8][9]。同旅館が保有の近くの土地にて再建計画を立てるも、再建に関わる資機材費、人件費の高騰による計画予算の上昇(1.5倍)、県から来るはずの補助金が当初予定していた額よりも下回ったので多額の負債を抱えるリスクが高まったため断念[9]。
