聖シルベストロ教皇騎士団勲章
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騎士団と勲章
等級
歴史
聖シルベストロ教皇騎士団の起源は、黄金拍車騎士団あるいは黄金民兵団(Militia Aurata)と呼ばれていたもので、教皇騎士団の中では最も古く創設者は諸説あって確かなことはわかっていない。スフォルツァ家などに任命特権が与えられたため、騎士号が乱発され権威が低下していたところ、1841年にグレゴリウス16世が任命特権を撤回し、人数に制限を設けるなどの改革を行った。このとき名称はそのままにシルウェステル1世を守護聖人とした。その後、1905年にピウス10世が高い格式を持った黄金民兵団と広く一般人を顕彰する聖シルベストロ教皇騎士団とに分割した。かつて男性に限られていたが、1994年ヨハネ・パウロ2世が女性にも対象を拡大した。
著名な受章者
- 張景恵(大十字騎士)
- 張燕卿(大十字騎士)
- 謝介石(大十字騎士)
- ウィリアム・ドノバン(1944年、大十字騎士)
- フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス(1962年、大十字騎士)
- オスカー・シンドラー(1968年、大十字騎士)
- ゲオルク・ツー・メクレンブルク(大十字騎士)
- カール・アウグスト・フォン・トゥルン・ウント・タクシス(大十字騎士)
- オットー・フォン・ハプスブルク(大十字騎士)
- ボブ・ホープ
- ベルンハルト・クロル(2007年、星章付司令官)
日本の受章者
以下2名は「官報」にて司令官に「コンマンドール、ド、ロルドル、ド、サン、シルベストル」勲章とする名称が記載されている。
以下4名は「官報」にて大十字騎士に「サン、シルベストル」第一等勲章、司令官に「サン、シルベストル」第二等勲章、騎士に「サン、シルベストル」第三等勲章とする名称が記載されている。
- 戸田氏共(1920年2月10日[4]、大十字騎士)[注釈 3][5]
- 西園寺八郎(1920年2月10日[4]、司令官)[注釈 4][5]
- 吉田美利(1920年2月10日[4]、司令官)[注釈 5][5]
- 高橋勇治(1920年2月10日[4]、騎士)[注釈 6][5]
以下30名は「官報」にて、大十字騎士に「グラン、クロア、サン、シルベストル」勲章、星章付司令官に星章付「コンマンドール、サン、シルベストル」勲章、司令官に「コンマンドール、サン、シルベストル」勲章、騎士に「シュヴァリエー、サン、シルベストル」勲章とする名称が記載されている。
- 斎藤実(1922年5月10日[6]、大十字騎士)[注釈 7][7]
- 松永武吉(1922年6月22日[8]、司令官)[注釈 8][9]
- 水野錬太郎(1922年10月24日[10]、星章付司令官)[注釈 9][11]
- 関屋貞三郎(1923年4月10日[12]、大十字騎士)[注釈 10][13]
- 大谷正男(1923年4月10日[12]、星章付司令官)[注釈 11][13]
- 鮭延信道(1923年5月23日[14]、星章付司令官)[注釈 12][15]
- 埴原正直(1923年6月7日[16]、大十字騎士)[注釈 13][17]
- 笠間杲雄(1923年10月2日[18]、司令官)[注釈 14][19]
- 稲畑勝太郎(1924年6月2日[20]、星章付司令官)[注釈 15][21]
- 柳原義光(1927年3月22日[22]、大十字騎士)[注釈 16][23]
- 小笠原長幹(1927年3月22日[22]、大十字騎士)[注釈 17][23]
- 松平頼寿(1927年3月22日[22]、大十字騎士)[注釈 18][23]
- 松浦鎮次郎 (1927年4月19日[24]、大十字騎士)[注釈 19][25]
- 望月軍四郎 (1927年4月19日[24]、星章付司令官)[注釈 20][25]
- 渡邊滋 (1927年4月19日[24]、1926年、騎士)[注釈 21][25]
- 羽場従一 (1927年4月19日[24]、騎士)[注釈 22][25]
- 古河虎之助(1935年4月5日[26]、大十字騎士)[注釈 23][27]
- 稲畑勝太郎(1935年4月5日[26]、大十字騎士)[注釈 24][27]
- 藤堂高紹(1935年4月5日[26]、司令官)[注釈 25][27]
- 今井忍郎(1935年6月21日[28]、司令官)[注釈 26]
- 緒方安雄(1935年6月21日[28]、騎士)
- 田中耕太郎(1938年10月12日[29]、司令官)[注釈 27]
- 木子七郎(1939年7月3日[30]、星章付司令官)[31]
- 小島勇之助(1939年8月9日[32]、大十字騎士)[注釈 28]
- 松岡潤吉(1939年8月9日[32]、星章付司令官)[注釈 29]
- 松本亀太郎(1939年8月9日[32]、騎士)
- 井上周(1939年8月24日[33]、司令官)
- 稲畑二郎(1939年8月24日[33]、司令官)
- 森平兵衛(1939年8月24日[33]、騎士)[注釈 30]
- 稲畑太郎(1940年2月27日[34]、司令官)[注釈 31][35]
- 原田健 (駐バチカン公使、1945年)
- 堂本印象 (日本画家、1963年、大十字騎士)
- 遠藤周作(作家、1970年、司令官)
- 三浦朱門(作家、1970年、司令官)
- 阪田寛夫(作家、1970年、司令官)
- 水島広雄(そごう社長、1982年、司令官)
- 水島広雄(そごう社長、1988年、大十字騎士)
- 田丸秀治(電通社長、1982年、司令官)
- 小林与三次(読売新聞社長、1982年、大十字騎士)
- 守屋多々志(日本画家、1984年)
- 秋月辰一郎(医師・被爆者、1985年)
- 加藤一二三(将棋棋士、1986年、騎士)[36]
- 成田豊(電通会長、1988年)
- 井手一郎 (聖マリア病院長、1991年、司令官)[37]
- 高田三郎(作曲家、1992年、司令官)
- 氏家斉一郎(日本テレビ社長、1994年、司令官)
- 大塚明彦(大塚製薬代表取締役会長・大塚国際美術館館長、2007年、司令官)[38]

