脇山村
日本の福岡県早良郡にあった村
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地理
沿革
- 鎌倉時代 - 脇山の地名が見られる。
- 江戸時代 - 筑前福岡藩に属する。
- 明治4年7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により、福岡県の管轄となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い早良郡脇山村、小笠木村、椎原村、板屋村が合併して早良郡脇山村が成立。
- 1928年(昭和3年) - 昭和天皇即位の礼の後に行われる大嘗祭において、当村脇山地区の水田が主基斎田(すきさいでん)に選ばれた[3]。なお、悠紀斎田(ゆきさいでん)は滋賀県野洲郡三上村(現・滋賀県野洲市)の水田が選定。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 入部村、内野村と新設合併し早良村となる[4]。同日脇山村廃止。
- 1956年(昭和31年)8月1日 - 早良村が町制施行、早良町が発足[4]。
- 1975年(昭和50年)3月1日 - 早良町が福岡市に編入され[5]廃止。同時に旧村域が西区の一部となる。
- 1982年(昭和57年)5月10日 - 西区の3分割に伴い、旧村域は早良区の一部となる。
行政
経済
地域
教育
小学校
中学校
高校
- 福岡県立西福岡高等学校脇山分校
現在は旧村域に早良高等学校が所在するが、当時は未開校。