椎原
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概要
歴史
椎原地域には、古代より人の営みがあったことが確認されている。2002年に実施された発掘調査により、「椎原A遺跡」から縄文時代後期から弥生時代にかけての遺物が出土している[1]。
中世には、脊振山の山頂に存在した東門寺が周辺地域の宗教的中心地となり、山岳密教の山であった脊振山信仰とともに椎原地域もその信仰圏に含まれていた[2]。
明治時代初頭には、征韓論政変(明治六年政変)後江藤新平ら旧政府反対派が政府軍と対峙する際に椎原峠や周辺の山道が移動経路として利用されていた[3]。
町村制施行時は早良郡脇山村内の大字であった。昭和の大合併期の1955年(昭和30年)に周辺2村と合併して早良村となったのち1956年(昭和31年)に町制施行して早良町となり、1975年(昭和50年)に福岡市に編入された。編入当初は西区の一部になったが、1982年(昭和57年)に西区が3分割された際に早良区の一地域となった。