船浮
沖縄県竹富町の西表島にある地区
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地理
歴史
1647年(正保4年・順治4年)頃の『宮古八重山両島絵図帳』には「ふなうけ村」として記載されている。近世初頭には入表(いりむてぃ)間切に属したが、1628年(寛永5年・崇禎元年)に八重山列島が三間切に再編されると、大浜間切の慶田城村(後に西表村)の小村となり、近代に至った[4]。
1904年(明治37年)には連合艦隊司令長官であった東郷平八郎が視察の途上で身分を隠して単身で船浮集落を訪れたとも伝えられる[5][6]。
太平洋戦争に際しては、日本軍が船浮湾周辺の祖納、内離島、外離島、サバ崎に船浮臨時要塞を建設し、船浮集落にも日本海軍が海底通信施設、特攻艇格納庫、弾薬倉庫防空壕を設けた[7][8]。学校や民家は兵舎として用いられ、住民は西表島東部の大原等への移住を強制された[5]。
産業
真珠養殖
観光
2003年(平成15年)6月18日に、地元資本の平田観光、琉球真珠、船浮の住民が出資し、有限会社船浮観光を設立。遊覧船2隻を建造するとともに、レストランを建てて、石垣島からの日帰り観光などの受け入れ事業を開始した[3]。宿泊施設としては、数軒の民宿がある。
一方、2008年(平成20年)5月には、ユニマットグループが船浮一帯の土地を約16.5ヘクタールにわたって購入した。ユニマット側は当時、「まだ事業計画はない」としていた[11]。また、竹富町役場も、買収された土地は国土利用計画法に基づく土地利用基本計画で森林地域に区分されていることから、「開発は難しい。リゾート実現の可能性は低いだろう」としている[12]。
また、2017年(平成29年)1月22日付の経済紙に、2019年に船浮地区に80室のホテルを開業予定であるとの広告が掲載された。竹富町は、建設予定とされる地区は2016年4月に西表石垣国立公園の第2種特別地域に指定されているため、ホテル建設のハードルは高いとの認識を示している[13]。
地域
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡・観光スポット


- イリオモテヤマネコ発見・捕獲の地
- イダの浜[3]
- トリップアドバイザーによる2018年(平成30年)の「日本のベストビーチ トップ10」で第6位に選ばれている[21]。
- 殿様節之歌碑
- 船浮に住んでいたカマドマという美女と、船浮に赴任した「殿様」と呼ばれる役人との恋をうたった「殿様節」の歌碑。「殿様節」は竹富町の無形民俗文化財(民謡の部)に指定されている[22]。この碑は、1966年(昭和41年)に建てられた「かまどま之碑」が老朽化したため、2018年(平成30年)に建て替えられたもので、カマドマのものともされる真鍮製のかんざしが収められている[23][24][3]。また、碑の近くには「カマドマのクバデサー」と呼ばれるモモタマナの木があり、1972年(昭和47年)8月30日に竹富町の天然記念物に指定されている[22]。伝承では、カマドマは祖内に転勤した「殿様」の来訪を、この木の下で待ちわびたとされる[25]。
- 船浮のヤエヤマハマゴウ
- 沖縄県の天然記念物(1959年(昭和34年)12月16日指定)[22]。
- 旧日本海軍施設跡
- 船浮御嶽[26]
- 水落の滝[3]
- 船浮資料館「西表館」[3]

