英組
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略歴
初代 英 五郎
1969年(昭和44年)、大阪市西成区天下茶屋で、「英組」結成。
1971年(昭和46年)、三代目山口組小西一家(小西音松組長)に加入。
1973年(昭和48年)、三代目山口組小西一家若頭に就任。
1984年(昭和59年)、四代目山口組直参に昇格。
1989年(平成元年)、五代目山口組若頭補佐に昇格。ブロック制導入、大阪中ブロック長を兼任。
2005年(平成17年)、六代目山口組舎弟に直った。
二代目 藤田恭道
2013年(平成25年)10月[6]、初代英組若頭 藤田恭道は英組二代目を襲名し、六代目山口組直参に昇格した[4]。三代目弘道会竹内照明会長、極粋会山下昇会長、二代目源清田会平松大睦会長の3人と同時に直参昇格であった[6]。
2014年(平成26年)2月19日、西成警察署は、藤田恭道二代目を詐欺容疑で逮捕した[7]。過去に覚せい剤事件に関与し執行猶予中であることが露見し(藤田二代目は事前に執行部側に伝えていたつもりであり、隠ぺいしたつもりはなかったが、処分が覆ることはなかった[3])、2014年3月13日付けで[8]、六代目山口組は藤田恭道二代目を絶縁処分した[3]。2014年、二代目英組、解散[9]。その後、藤田二代目は、不動産関係の仕事をしていたという[4]。二代目英組解散後、元・二代目英組若頭 高島伸佳は朋友会を結成[9]し、2014年11月に六代目山口組直参に昇格。
2015年(平成27年)2月16日、兵庫県警暴力団対策課などは、詐欺容疑で、山口組直系朋友会(大阪市西成区)高島伸佳会長(36)らを逮捕した。同課によると、高島伸佳会長は黙秘しているという[9]。逮捕容疑は共謀し、2009年(平成21年)12月、大阪市西淀川区の銀行で、朋友会の前身組織「英組」(2014年解散)のために使う目的を隠し、長男名義で口座を開設し、通帳とキャッシュカードをだまし取った、とし、この口座から当時の英組組長(初代)に約930万円が送金されており、詳しく調べている[9]。
- 神戸山口組に加入以降
2015年(平成27年)10月[4]、藤田二代目は、既に引退していた英五郎初代の了解を得たうえで二代目英組を再興し神戸山口組に加入[5]。同年10月15日付で神戸山口組直参となった[10]。2016年(平成28年)3月20日付で、英五郎初代は、六代目山口組から絶縁処分された[4]。
2016年(平成28年)4月15日、兵庫県警暴力団対策課と西宮警察署などは、朋友会会長(38)と組員2人の計3人を、英組初代(80)が所有している山口組英組事務所跡建物から、2014年6月下旬ごろ、山口組歴代組長の肖像画入り額縁や代紋が記された金杯など約200点(約170万円相当)盗んだとして、逮捕した[11]。会長は黙秘し、組員2人は容疑を否認している[11]。2014年春に英組消滅後は空き家状態だった[11]。朋友会会長らは英組出身で、額縁などを朋友会事務所に飾っていたという[11]。
2016年(平成28年)12月7日、警視庁組織犯罪対策四課は、違法な高金利で現金を貸し付けたとして、藤田恭右組長を出資法違反(高金利)などの容疑で逮捕した[2]。組対四課の調べによると、藤田組長らは2010年から2016年にかけて、約300人に金を貸し約2億円の利益を上げていたという[12][13]。
2018年(平成30年)6月、六代目山口組直参朋友会(高島伸佳会長)は降格し、一心会(能塚 恵会長)の傘下に入り、六代目山口組の三次団体となった。
2021年(令和3年)3月21日、英五郎初代、死去。
2022年(令和4年)7月2日午後9時過ぎ[15]、東京都江戸川区の英組二代目の自宅周辺を動画撮影していた六代目山口組三代目弘道会三代目竹内組二代目堀田組の関係者[14]の太ももを、藤田恭右組長は、ナイフで刺した[4]。110番通報の内容は、「男2人が木刀を持ってもみあっている」とか「1対2でケンカになっている」といったものであった[15]。被害者は、「襲撃のロケハン」に来ていたという[5]。この「襲撃のロケハン」の前に、六代目山口組側は、神戸山口組側のトップ3である、井上邦雄組長、入江禎副組長、寺岡修若頭を相次いで襲撃していた[5]。同年7月12日[16]、藤田二代目は組員と警視庁小松川警察署に出頭した。傷害容疑で逮捕され、東京拘置所に収容された[5]。
2023年(令和5年)、初公判[14]。
同年、神戸山口組二代目英組組員が六代目山口組直系組織に移籍した、と報じられた[17][18]。
2024年(令和6年)3月、懲役3年6月判決(未決勾留日数420日算入)[19]。
2026年(令和8年)7月22日午前8時[20]、淡いグレーのスーツにハットを被り[20]、府中刑務所を満期出所した[19]。その足で新幹線で神戸に向かい、神戸山口組井上邦雄組長に出所の挨拶をした[19]。翌23日、明石市で放免祝いが行われ、神戸山口組の井上邦雄組長や直参十数人が出席した[19]。