蓮教寺 (名古屋市)
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位置
北緯35度9分22.9秒 東経137度0分43.2秒 / 北緯35.156361度 東経137.012000度座標: 北緯35度9分22.9秒 東経137度0分43.2秒 / 北緯35.156361度 東経137.012000度
山号
法雲山
宗旨
浄土真宗
| 蓮教寺 | |
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蓮教寺本堂(2022年6月) | |
| 所在地 | 愛知県名古屋市名東区高針四丁目865 |
| 位置 | 北緯35度9分22.9秒 東経137度0分43.2秒 / 北緯35.156361度 東経137.012000度座標: 北緯35度9分22.9秒 東経137度0分43.2秒 / 北緯35.156361度 東経137.012000度 |
| 山号 | 法雲山 |
| 宗旨 | 浄土真宗 |
| 宗派 | 真宗高田派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | (伝)長徳年間(995年 - 999年) |
| 開山 | (伝)源信 |
| 開基 | (伝)源頼光 |
| 中興年 | 永禄元年(1558年)、もしくは永禄4年(1561年) |
| 中興 | 蓮光(蓮香とも) |
| 法人番号 | 8180005001951 |
寺伝によれば、長徳年間(995年 - 999年)に源頼光の発願により、源信を開山に招き、「高針山蓮蔵院(蓮華蔵教院とも)」という天台宗の寺院として創建されたという[1][2]。多くの子院を有したというが、承久の乱の兵火によって全山焼亡[2][3][4]。その後、寺号を「明眼寺」と改める[注釈 1]。
永禄4年(1561年)に、時の住職だった蓮光(蓮香とも)によって改宗。これにより、寺では蓮光を中興開山・第2世住職としている[2][4][注釈 2]。元和年間(1615年 - 1624年)、第5世住職・蓮勝の代に寺号を現在の「蓮教寺」に改称[2][4]。同じ頃に山号も法雲山と改めたという[2][注釈 3]。
蓮勝の弟には蔵鱗という者がおり、柴田勝家に従って各地を転戦した。織田信長から「大鐘」の姓を賜って、大鐘藤八と名乗ったという。勝家死後、蓮教寺に戻り、境内に白山権現を勧請した[5]。
近世期に移転を繰り返しており、正徳6年(1716年)に現在地へ移った[2]。現存する本堂や山門などは、移転後の江戸中期以降に建てられたものである。江戸後期には景勝地として、『尾張名所図会』に牧の大池(牧野池)と並べて描かれている[6]。