薮川 (盛岡市)

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成立 1954年(昭和41年)[注 1]
薮川
岩洞ダム天端からの薮川の眺望。
岩洞ダム天端からの薮川の眺望。
薮川の位置(岩手県内)
薮川
薮川
薮川の位置
北緯39度48分59.633秒 東経141度24分38.03秒 / 北緯39.81656472度 東経141.4105639度 / 39.81656472; 141.4105639
日本
都道府県 岩手県
市町村 盛岡市
成立 1954年(昭和41年)[注 1]
面積
  合計 222.594891755 km2
人口
(2022年5月末時点[1]
  合計 181人
  密度 0.81人/km2
郵便番号
028-2711[2]
市外局番 019(盛岡MA[3]
ナンバープレート 盛岡
運輸局住所コード 03500-3159[4]
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薮川(やぶかわ)は、岩手県盛岡市大字郵便番号は028-2711[2]。盛岡市の住民基本台帳によると2022年令和4年)5月末時点での薮川の住民は181人、世帯数は104世帯である[1]。旧南岩手郡のち岩手郡藪川村、旧岩手郡玉山村大字薮川、旧盛岡市玉山区薮川に相当する[5][6]。薮川そばの産地やワカサギ釣りの名所として知られているほか、最低気温-27.6度(非公式ではあるが戦前には-35度を観測)を記録した「本州一寒い場所」としても著名[7][8][9][10]

地形

薮川は盛岡市の北東部に位置し、北で岩手郡岩手町川口と、北東で岩手郡葛巻町江刈と、東で下閉伊郡岩泉町釜津田と、南で盛岡市新庄と、西で玉山や上米内と接する。

域内は森林が多くを占めており、平地はほとんどないが、東西に薮川を横断する国道455号沿に小規模な集落が形成されている。

岩洞湖(2013年9月29日)

北上山地の1,000m級の山々がそびえ立ち、その山間に丹藤川といった河川が流れる。また、薮川はダムを建設するのに適した地形をしているため、外山ダムと岩洞ダムが建設されている。

山々
  • 大森山
  • 大尺山
  • 御大堂山
  • 七兵衛頭
  • 茶臼台
  • 川場台
  • 早坂峠(約916m)
河川
  • 丹藤川[11]
    • 末崎川
    • 軽町沢
    • 柴沢川
  • 外山川[12]
湖沼

小字

薮川は以下のような小字を擁する[4]

  • 大志田川
  • 大の平
  • 亀橋
  • 川場
  • 逆川
  • 外山
  • 橋場
  • 日向
  • 町村
  • 末崎川

気候

ケッペンの気候区分によると、薮川は湿潤大陸性気候亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。降雪量が多く、豪雪地帯に指定されている。

平均気温は6.4℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が1.1日、夏日が31.2日、真冬日が68.3日、冬日が183.3日となっている[13]。また、12月から3月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

1月の日最低気温は-13.2℃と、本州の観測所としては富士山[14]に次いで日最低気温が低い。

冬季は、近年でも-25℃を下回る気温が観測され、2012年1月30日に-25.8℃、2018年2月22日に-25.4℃を観測している[15]

年平均降水量は1405.1mmである。

年平均日照時間は1392.4時間である

極値[16] 観測値 観測年月日
日最高気温 31.8℃ 2018年8月23日
日最低気温 -27.6℃ 1988年2月17日
薮川(1991 - 2020)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 7.7
(45.9)
12.6
(54.7)
16.4
(61.5)
24.8
(76.6)
30.3
(86.5)
29.4
(84.9)
31.5
(88.7)
31.8
(89.2)
29.4
(84.9)
25.7
(78.3)
20.5
(68.9)
13.5
(56.3)
31.8
(89.2)
平均最高気温 °C°F −2.2
(28)
−1.3
(29.7)
2.5
(36.5)
10.0
(50)
16.7
(62.1)
20.3
(68.5)
23.3
(73.9)
24.4
(75.9)
20.3
(68.5)
14.2
(57.6)
7.3
(45.1)
0.6
(33.1)
11.3
(52.3)
日平均気温 °C°F −6.6
(20.1)
−5.9
(21.4)
−2.1
(28.2)
4.2
(39.6)
10.4
(50.7)
14.8
(58.6)
18.9
(66)
19.7
(67.5)
15.3
(59.5)
8.5
(47.3)
2.3
(36.1)
−3.4
(25.9)
6.4
(43.5)
平均最低気温 °C°F −13.2
(8.2)
−13.0
(8.6)
−8.3
(17.1)
−2.1
(28.2)
3.5
(38.3)
9.1
(48.4)
14.7
(58.5)
15.3
(59.5)
10.3
(50.5)
2.5
(36.5)
−3.3
(26.1)
−8.7
(16.3)
0.6
(33.1)
最低気温記録 °C°F −26.6
(−15.9)
−27.6
(−17.7)
−24.8
(−12.6)
−15.5
(4.1)
−7.5
(18.5)
−2.4
(27.7)
3.1
(37.6)
3.1
(37.6)
−1.6
(29.1)
−8.1
(17.4)
−14.8
(5.4)
−24.3
(−11.7)
−27.6
(−17.7)
降水量 mm (inch) 54.5
(2.146)
50.5
(1.988)
83.1
(3.272)
95.2
(3.748)
116.0
(4.567)
115.0
(4.528)
210.7
(8.295)
203.3
(8.004)
160.3
(6.311)
127.2
(5.008)
108.0
(4.252)
84.8
(3.339)
1,405.1
(55.319)
平均月間日照時間 61.0 69.7 107.3 151.0 177.7 150.4 126.8 142.7 122.2 124.2 94.9 64.6 1,392.4
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1977年-現在)[17][18]
薮川(盛岡市)
雨温図説明
123456789101112
 
 
62
 
-2
-14
 
 
49
 
-2
-14
 
 
84
 
2
-9
 
 
95
 
10
-2
 
 
113
 
16
3
 
 
109
 
20
9
 
 
200
 
23
14
 
 
185
 
24
15
 
 
166
 
20
10
 
 
111
 
14
2
 
 
114
 
7
-4
 
 
88
 
1
-9
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁 薮川(盛岡市) 平年値(年・月ごとの値)
インペリアル換算
123456789101112
 
 
2.5
 
28
7
 
 
1.9
 
29
7
 
 
3.3
 
36
16
 
 
3.7
 
50
28
 
 
4.4
 
61
37
 
 
4.3
 
68
48
 
 
7.9
 
73
57
 
 
7.3
 
76
59
 
 
6.5
 
68
49
 
 
4.4
 
57
35
 
 
4.5
 
44
25
 
 
3.5
 
33
16
気温(°F
総降水量(in)

歴史

先史

域内には、旧石器時代頃の小石川遺跡が所在しており、この頃から人々の生活が営われていたとされる[5]

近世

江戸時代頃になると、藪川村が村名として邦内郷村志や御蔵給所惣高書上帳に村高22石余の村として記録されており、盛岡藩(南部藩)の領土、上田通に属していた[注 2][5][19]。邦内郷村志および本枝村付並位付には、家数58、馬71の馬継駅場並びに小本街道(現在の国道455号に相当)の宿場とされ、位付は下の下とされた。また、周辺の村々が田畑人馬不足で伝馬役の者が藪川村で馬待をしたため、待村(まちむら)と呼ばれることもあった[5][19]。現在も、その名残で域内には町村(まちむら)という小字が存在する[5]

近代

旧幕府勢力が戊辰戦争に敗れると、藪川村は明治元年松代藩取締、盛岡藩から、廃藩置県を経て、盛岡県岩手県となった[5]

1889年、藪川村は町村制を施行し、自治体となるも、財政的に自立することが難しいとされ、隣村の玉山村組合村を形成し、組合村役場は玉山村日戸(現:盛岡市日戸)に設置された。

1923年になると、世帯数は124世帯、人口は829人となり、ほとんどの家は農業に従事していた。1935年では、世帯数が143世帯となり、増加が見られたが、当時の藪川村の人口密度は5人/km2と岩手県および全国で最少の部類に属した[5]

沿革

  • 1644年5月10日 - 藪川村に吉利支丹改が派遣された[19]
  • 1682年 - 域内に、吉利支丹禁制の御札がたてられた[19]
  • 1699年 - 域内に、人身売買禁止の御札がたてられた[19]
  • 1873年(明治6年) - 字外山に外山郵便局ができる[5]
  • 1876年(明治9年)
    • 字外山に面積3,300町歩の県営外山牧場が完成[5]
    • 9月 - 字町村に薮川学校設立[5]
  • 1877年(明治10年)
    • 盛岡〜薮川間に新道が完成し、外山牧場におよそ牛馬100頭が導入された[5]
    • イギリス人であるマッキノンが招かれ、開墾が押し進められた[5]
  • 1879年(明治12年) - 外山牧場内に県立獣医学舎(岩手県立盛岡農業高等学校の前身)が設立[5]
  • 1889年明治22年) - 町村制施行に伴い、藪川村が単独で自治体を構成するも、玉山村と組合村となる[5]
  • 1897年(明治30年) - 郡制施行に伴い、藪川村が岩手郡の管轄になった。
  • 1954年(昭和41年)4月1日 - 藪川村が玉山村に編入されるに伴って、藪川村は玉山村薮川となる[5]
  • 2006年(平成18年)1月10日 - 玉山村が盛岡市に編入されるに伴って、盛岡市玉山区薮川となる。
  • 2016年(平成28年)3月31日 - 玉山区が廃止され、盛岡市薮川と住所変更される。

施設

  • 盛岡市外山森林公園(薮川字大の平31-1)[20]
  • 岩手県農業研究センター畜産研究所外山畜産研究室(薮川字大の平40)[21]
  • 岩洞湖家族旅行村(薮川字亀橋33-4)[22]
  • JA新いわて薮川事業所(薮川字外山11-3)[23]
  • 玉山総合事務所薮川出張所(薮川字外山27-7)[24]
  • 薮川郵便局(薮川字外山558-12)[25]
  • アメダス薮川観測所(薮川字外山)[26][27]
  • 町村ふれあいセンター(薮川字町村75-1)[28]

交通

鉄道

域内に鉄道は通っておらず、鉄道駅は存在しないが、最寄駅は上米内駅JR山田線)などが挙げられる。

道路

薮川における国道455号


バス

統計

人口

盛岡市の住民基本台帳によると2022年令和4年)5月末時点での薮川の人口および世帯数の統計は以下の通りである[1]

小字世帯数
末崎川 2世帯 2人 2人 4人
町村 26世帯 19人 22人 41人
日向 17世帯 19人 21人 40人
逆川 2世帯 2人 0人 2人
橋場 4世帯 3人 5人 8人
外山 36世帯 31人 23人 54人
大の平 17世帯 16人 16人 32人
合計 104世帯 92人 89人 181人

教育

域内に学校は存在せず、生徒たちは小学校、中学校、高等学校のいずれに通うのに、薮川を出なければならない。小学校は上米内に所在する盛岡市立米内小学校に、中学校は桜台に所在する盛岡市立米内中学校が学区となっている[31][32][33]

関連項目

脚注

参考文献

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