藤嶋栄介

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カタカナ フジシマ エイスケ
ラテン文字 FUJISHIMA Eisuke
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-01-31) 1992年1月31日(34歳)
藤嶋 栄介
名前
カタカナ フジシマ エイスケ
ラテン文字 FUJISHIMA Eisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-01-31) 1992年1月31日(34歳)
出身地 日本の旗 日本 熊本県
身長 186cm
体重 85kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 鹿児島ユナイテッドFC
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
ユース
2010-2013 福岡大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2013-2017 サガン鳥栖 3 (0)
2016 ジェフユナイテッド千葉 (loan) 0 (0)
2017 松本山雅FC (loan) 0 (0)
2018-2019 レノファ山口FC 25 (0)
2019 川崎フロンターレ (loan) 0 (0)
2020 川崎フロンターレ 0 (0)
2020-2024 モンテディオ山形 32 (0)
2025- 鹿児島ユナイテッドFC
代表歴
2007-2008  日本 U-15,U-16
獲得メダル
サッカー
ユニバーシアード
2013 カザン男子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月26日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

藤嶋 栄介(ふじしま えいすけ、1992年1月31日 - )は、熊本県出身のプロサッカー選手Jリーグ鹿児島ユナイテッドFC所属。ポジションはGK

プロ入り前

大津高時代の2008年、U-16日本代表に選出されAFC U-16選手権2008に出場。高校卒業後は福岡大学へ進学してサッカー部に所属し、2年時からレギュラーに定着[1]。大学在学中の2012年8月2日サガン鳥栖特別指定選手として登録された[2]。ベンチ入りできる控えGKがいない非常事態となった鳥栖が、同年2月の沖縄キャンプに参加していた藤嶋に白羽の矢を立てた[1]赤星拓の復帰に伴い、8月16日に登録解除された[3]

2013年3月14日、再び鳥栖に特別指定選手登録[4]。大学では4年生からサッカー部の主将に就任した[5]。同年7月、ロシアカザンで行われた第27回夏季ユニバーシアードにユニバーシアード日本代表として出場し、銅メダルを獲得[6]8月10日横浜F・マリノス戦では、他のゴールキーパー全員が負傷したことにより急遽Jリーグデビューを果たした[7]

サガン鳥栖

2014年から、サガン鳥栖へ正式に入団した[8] が、正式入団後は前年途中に加入した林彰洋らの後塵を拝し出場機会に恵まれず、2016年にジェフユナイテッド千葉期限付き移籍[9]。 しかし、佐藤優也岡本昌弘に次ぐ第3GKとなり出場機会はなかった。さらに翌2017年は松本山雅FCへ期限付き移籍したが[10]村山智彦鈴木智幸の前に天皇杯1試合のみの出場に終わった。

2018年1月14日に松本への期限付き移籍満了と鳥栖との契約満了が発表された[11][12]

レノファ山口

契約満了後は地元熊本へ戻り、ロアッソ熊本の練習施設でトレーニングを続け[13]、熊本でキャンプを行っていたレノファ山口FCの練習へ参加。2018年2月2日に山口への加入が発表された[14]。山口では村上昌謙山田元気吉満大介との正守護神争いを制し、プロ6年目にして初めて開幕からスタメンに名を連ねた[15]。シーズン後半は出番を失ったものの、キャリアハイとなる25試合出場を果たした。

川崎フロンターレ

2018年シーズンオフ、山口との契約を更新した[16] 上で、川崎フロンターレへ期限付き移籍することが発表された[17]。シーズン終了後に川崎への完全移籍が発表された。

川崎ではチョン・ソンリョンが絶対的守護神として君臨し、また第2GKも新井章太がおり出場機会を得られず、2020年9月28日に双方合意のもとで契約を解除した[18]

モンテディオ山形

10月1日に、櫛引政敏ミン・ソンジュンの2人のGKが同時に長期離脱となったモンテディオ山形への加入が発表された[19][20]。 移籍後直後の試合では第2GKとしての立場だったが、シーズン終盤にかけては佐藤昭大からポジションを奪い、そのままレギュラーに定着した。佐藤が引退した2021年は、SC相模原からビクトルが加入し、激しいポジション争いを繰り広げながら、21試合に出場した。

人物・エピソード

  • 2019年、川崎加入後のキャンプで、容姿が似ていた奈良竜樹の選手カードにサインを求められることが頻発。同シーズンの新体制発表会で、藤嶋は自らこのエピソードをユーモラスに披露し会場を沸かせ、サッカーメディアから「一番の爆笑をさらった」と評された[22]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008大津高---0000
2011福岡大16--3030
2012--2020
2013--2020
2013鳥栖31J12000-20
20142100000000
201510100020
2016千葉J200-0000
2017松本100-1010
2018山口44250-20270
2019川崎23J100000000
20200000-00
山形42J2110--110
202144210-00210
20222300-1010
202300-0000
202400-2020
2025鹿児島1J32600000260
通算日本J1 30100040
日本J2 570-60630
日本J3 2600000260
日本 --7070
総通算 860101301000
  • 2012年、2013年は特別指定選手。2012年は公式戦の出場は無し。
その他の公式戦
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026鹿児島1J2・J3
通算日本J2.J3
総通算
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2019川崎2300
通算AFC 00

タイトル

クラブ

福岡大学

川崎フロンターレ

個人

  • 九州大学サッカートーナメント大会 最優秀選手賞 (2011年)
  • デンソーカップチャレンジサッカー ベストイレブン (2011年)
  • 九州大学サッカーリーグ1部 ベストディフェンダー賞 (2012年、2013年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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