見行山
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| 見行山 | |
|---|---|
|
東南東側の笠置山から望む見行山、2020年9月 | |
| 標高 | 905.0[1] m |
| 所在地 |
岐阜県恵那市、加茂郡白川町、八百津町 |
| 位置 | 北緯35度31分37.5秒 東経137度16分8.4秒 / 北緯35.527083度 東経137.269000度座標: 北緯35度31分37.5秒 東経137度16分8.4秒 / 北緯35.527083度 東経137.269000度[1] |
| 山系 | 美濃三河高原[2] |
見行山(けんぎょうさん、けんぎょうざん[3][4])は、岐阜県恵那市、加茂郡白川町、八百津町にまたがる美濃三河高原の標高905.0 mの山[1][2][5]。八百津町の最高峰[3][6][7]。
飛騨川支流赤川の左岸にある[2]。山頂には二等三角点(点名が見行、標高が904.97 m)が設置されている[8]。南東の赤川の扇状の斜面にある約400年前に築かれた坂折棚田は日本の棚田百選に選定されている[9][10]。西南西山麓の岐阜県道402号中野方七宗線沿線の八百津町福地には、福地いろどりむらのキャンプ場などの施設がある[11]。岐阜県山岳連盟により、続ぎふ百山の一つに選定されている[12]。
- 南東の赤川の扇状の斜面にある坂折棚田
- 見行山の山頂
赤河断層
西側に隆起準平原である久田見(くたみ)高原があり、旅足川の数十万年以降の浸食の浸食により深いV字谷の旅足峡谷が形成され、高さ約200 mの国道418号の新旅足橋が架かる[13]。旅足川峡谷の地質は美濃帯堆積岩の泥岩を主体とし、部分的にメランジュが分布する[13]。メランジュにはチャートや砂岩の巨岩体が含まれ、泥岩には細粒砂岩が挟まれていて、それらの岩体が侵食作用に影響を与えている[13]。北東山麓の福地からの見行山登山道では、山麓下部に花崗岩、美濃帯堆積岩類の砂岩が分布し、山頂一帯 は濃飛流紋岩の溶結凝灰岩(赤河火山灰流シート)が分布する[7]。
- 新旅足橋から望む久田見高原を深く浸食する旅足峡谷の上流方面、右最奥に見行山が小さく見える

注記は左から、坂折棚田、赤河断層の南東側下の急斜面の断層崖、赤河峠、恵那市立中野方小学校、中野方川、権現山、高賀山
中央自動車道の恵那インターチェンジ付近から北西に向かい、岐阜県道68号恵那白川線の笠置橋付近で木曽川を横切り、笠置山の東方を流れる中野方川沿いに北西へ延び、赤河峠付近を経て、白川町白川口付近まで約23 kmにわたって延びる活断層である赤河断層(あこうだんそう)がある[14]。断層は赤河峠の南西にある見行山との鞍部を通っている[14]。断層の南西側が北東側に対して相対的に隆起する運動をしている[14]。南西側が上昇することで久田見高原の山々が比較的なだらかな地形を作って広がり、その北東側には赤河断層の断層崖に相当する急斜面が続き、見行山の北東斜面にはこの断層崖の急斜面がある[14]。坂折棚田は断層崖沿いの崖錐堆積物からなる傾斜地に作られている[7]。
見行山の歴史
1538年(天文7年)に東隣にあるに権現山に小池忠兵衛、喜三郎の兄弟が蔵王大権現を祀って、1582年(天正10年)に権現山の山頂の上権現の神社に小さな祠が移された[15]。地元八百津町福地の民謡の「福地音頭」の4番で謡われている[16]。
1940年(昭和15年)4月12日に、見行山で山火事が発生し、家庭消防団が出勤した[17]。1956年(昭和31年)11月に見行山に、無線ロボット雨量計が設置され、1973年(昭和48年)11月に廃止され、1974年(昭和49年)5月に、伽藍に移設された[18]。1980年(昭和55年)に白川町立三川小学校、白川町立赤河小学校、白川町立切井小学校の3校が統合し、新たに開校した南山麓にある白川町立蘇原小学校の校歌の2番で歌われている[4]。
仰げば高き 見行山(けんぎょうざん)
桧の梢 競ってる
われら山の子 肩組み合って
知恵とわざとを 高めよう — 白川町立蘇原小学校の校歌の2番
ハイキング・登山の山
見行山登山道
岐阜県による清流の国ぎふ森林・環境基金事業として、2016年(平成28年)度の見行山周辺施設整備事業において、県道沿いの見行山登山道の登山口に駐車場、公衆トイレ(無水トイレ、通称:見行山トイレ)、案内看板(県産木材)が設置された[3][注釈 1][20]。山麓の福地いろどりむらから山頂への登山道が整備され[3][19]、2017年(平成29年)4月30日に見行山登山道開通式が行われた[6]。登山口から1時間ほどで登頂することができる[6]。八百津町立久田見小学校、八百津町立潮見小学校などでは見行山の学校登山が行われていて[21]、山頂に登頂記念標柱が設置されている[19]。その後山頂には展望デッキが設置された[22]。
- 山頂の展望デッキ
見行山からの眺望
山頂からは近隣市町村などの町並みや伊吹山[6]、御嶽山、中央アルプスなどの山々を望むことができる[19]。名古屋市の超高層ビル群や伊勢湾を望めることもある[6]。
ウィキメディア・コモンズには、見行山からの眺望に関するカテゴリがあります。
地理
見行山がある美濃飛騨山地は北東に隣接する阿寺山地より600-900 mほど標高が低い[23]。美濃飛騨山地は、恵那盆地の西端から北西に延びる中野方-赤河線(赤河断層)を境として、標高800-1,000 mの山地からなる北東の二ッ森山地と南西の標高300-700 mの見行山地に分けられている[23]。二ッ森山地では、山頂部または稜線上に平坦な侵食小起伏面が断片的に分布し、下部にも山地の間に広く発達した谷に沿ってなだらかな山麓緩斜面の侵食小起伏面がある[23]。見行山地にも上下2段の侵食小起伏面がある[24]。周辺の中央地方西部の侵食小起伏面の対比を下表に示す[25]。
| 侵食小起伏面の対比 | 三河山地 | 阿寺山地 | 美濃飛騨山地 | |
|---|---|---|---|---|
| 二ッ森山地 | 見行山地 | |||
| 上位面の標高 m | 1,000-1,100 700-900 |
1,400-1,700 | 800-1,000 | 700-800 |
| 上位面の標高 m | 400-600 100-300 |
900-1,200 | 500-700 | 300-700 |
| 瀬戸層群の堆積面 m | 160-200 (藤岡面) |
<1,000 (土岐面) |
<400 (土岐面Ⅱ) |
<200-500 (土岐面Ⅰ) |
東北東に赤河峠を挟んで権現山(二等三角点の権現、標高867.0 m)が対峙している[8][15][26]。南西山腹に岐阜県道402号中野方七宗線が通り、林業用の林道が山頂部まで通じている[1]。西北西の福地峠からも林業用の林道が山頂部まで通じている[1]。
周辺の山
| 山容 | 山名 | 標高(m) [1][8] |
三角点等級 基準点名[8] |
見行山からの 方角と距離(km)[1] |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 箱岩山 | 978.7 | 二等 黒川 |
続ぎふ百山 [注釈 2] | ||
| 権現山[15] | 867.0 | 三等 権現 |
[注釈 3] | ||
| 見行山 | 950.0 | 二等 見行 |
続ぎふ百山 | ||
| 秋葉山 | 787.7 | 三等 秋葉山 |
続ぎふ百山 [注釈 4] | ||
| 笠置山 | 1,127.9 | 二等 御笠置 |
ぎふ百山[27] [注釈 5] |
周辺の峠
周辺の主な峠を以下に示す[1]。
- 赤河峠 - 東北東1.0 km、標高666 m[14]、標高点867 mの無名の山との鞍部、車道が横断している
- 福地峠 - 西北西1.1 km、標高約650 m、車道が横断している
- 坂折峠 - 南東0.8 km、標高約750 m、標高点765 mの小ピークとの鞍部、林道が通る[5]
源流の河川
| 見行山の源流の河川・概略図 | ||
|---|---|---|
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白川橋 | |
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白川・黒川・赤川の支流の小倉谷から源流へ | |
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国道41号(飛泉橋) | |
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飛騨川の飛水峡 | |
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木曽川本流から旅足川、名場居川、坂折川の各支流から源流へ | |
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国道21号(国道248号との供用区間)の新太田橋 | |
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木曽川の日本ライン | |
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伊勢湾 | |
以下の源流となる河川は木曽川水系の支流で、太平洋側の伊勢湾へ流れる[1]。
- 飛騨川の支流
- 小倉谷 - 赤川の支流
- 木曽川本流の支流
- 旅足川の支流
- 名場居川
- 坂折川 - 中野方川の支流
- 見行山周辺の河川(中央下部)
