趙晟桓 (野球)
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ソウル特別市 |
| 生年月日 | 1976年12月23日(49歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 83 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 1999年 2次ドラフト8巡目 |
| 初出場 | 1999年5月17日 |
| 最終出場 | 2014年5月16日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督・コーチ歴 | |
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この表について
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趙 晟桓(チョ・ソンファン、ハングル:조성환、1976年12月23日 - )は、韓国出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。
現役時代
1999年の2次ドラフト8位指名でロッテ・ジャイアンツに入団。
2003年は規定打席に至りかつ3割を打って、レギュラーの地盤を固めるかと首脳陣から思われた。
しかし、2004年のシーズン序盤、手首の骨折でシーズンのほとんどを欠場し、シーズン後、兵役の現役服務の逃れを試みたことが発覚して、裁判で懲役6か月の実刑を宣告された。
服役した後、公益勤務要員の兵役処分を受け2年の服務を経て2008年に復帰。
2008年は、打率.327、80打点の活躍でチームを8年ぶりのポストシーズンに導く立役者になった。鄭守根(チョン・スグン)が失格選手処分を受けて、除名されたあとは彼に代わってキャプテンの役割も務めた。
2009 ワールド・ベースボール・クラシックの予備選手。2009年は負傷や故障が相次ぎ、76試合のみの出場にとどまった。
2010年は2年ぶりに100試合以上に出場し、主将としてチームを引っ張った。
2013年は、若手選手の台頭によりレギュラーを奪われてしまった。
2014年シーズン途中の6月16日、現役引退を発表した。
引退後
引退後はスコアラーに転身した。同年8月23日、社稷野球場で引退セレモニーが実施された。
2015年より野球解説者として活動していた。
2018年より斗山ベアーズ、2021年よりハンファ・イーグルスのコーチを務め[1]、2023年より斗山にコーチとして復帰。2025年6月2日、李承燁監督が辞任したことで斗山の監督代行に就任[2]、9月30日のシーズン終了まで務めたが、同年限りで退団した。
2026年からは野球解説者として再度活動している。