鄭顥 From Wikipedia, the free encyclopedia 鄭 顥(てい こう、生没年不詳)は、唐代の官僚。字は奉正[1]、または養正[2]。本貫は鄭州滎陽県[3]。 兵部尚書の鄭祗徳の子として生まれた。鄭絪の孫にあたる。進士に及第し、弘文館校書郎に任じられた。右拾遺・内供奉に転じた[4][5]。大中4年(850年)、銀青光禄大夫を加えられ、起居郎となった。宣宗の娘の万寿公主を妻に迎え、駙馬都尉に任じられた[6]。尚書郎・給事中を歴任した[7][5]。大中9年(855年)、礼部侍郎に任じられた[8]。刑部侍郎・吏部侍郎を歴任した。大中13年(859年)、検校礼部尚書・河南尹となった。ほどなく死去した[9][5]。 子女 鄭韜光(後晋の戸部尚書) 鄭凜(字は冬暉)[2] 脚注 ↑ 『全唐詩』巻563 1 2 新唐書 1975, p. 3346. ↑ 新唐書 1975, p. 5059. ↑ 旧唐書 1975, p. 4181. 1 2 3 新唐書 1975, p. 5076. ↑ 旧唐書 1975, p. 626. ↑ 旧唐書 1975, pp. 4181–4182. ↑ 旧唐書 1975, p. 634. ↑ 旧唐書 1975, p. 4182. 伝記資料 『旧唐書』巻159 列伝第109 『新唐書』巻165 列伝第90 参考文献 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 Related Articles