野球パナマ代表
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| 国または地域 |
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| 協会 | パナマ野球連盟 | |||
| WBSCランキング | 8位(2024年11月27日) | |||
| オリンピック | ||||
| 出場回数 | 0回 | |||
| ワールド・ベースボール・クラシック (WBC) | ||||
| 出場回数 | 4回 (初出場は2006年) | |||
| 最高成績 | 1次ラウンド敗退 (2006年・2009年・2023年・2026年) | |||
| WBSCプレミア12 | ||||
| 出場回数 | 1回 (初出場は2024年) | |||
| 最高成績 | 5位 (2024年) | |||
| ワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 3回 (初出場は1945年) | |||
| 最高成績 |
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| インターコンチネンタルカップ | ||||
| 出場回数 | 3回 (初出場は1979年) | |||
| 最高成績 | 6位 (1979年)[1] | |||
| パンアメリカン競技大会 | ||||
| 出場回数 | 6回 (初出場は1983年) | |||
| 最高成績 | 5位 (1995年) | |||
ワールドカップは準優勝1回、3位入賞が2回ある。
2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では抑え候補のマリアノ・リベラや、フリオ・ズレータ、フェルナンド・セギノール、ホセ・マシーアスが辞退。さらに監督のロベルト・ケリーが、パナマ野球連盟の主力選手を国内大会に優先するためにWBC代表から外した行為を「国からの十分な支援が受けられない」として辞意を表明。国内リーグでプレーするアニバル・レルス・バスケスを急遽監督に据えて臨むも、一次リーグ全敗なうえ最終戦でオランダにノーヒットノーランを達成されるなどチームの状態が万全ではなかった。
2006年の北京五輪アメリカ大陸予選では、決勝リーグまで残ったが6位であった。
2009年の第2回WBCではダブルイリミネーション方式の1次ラウンドで2連敗となり敗退し、次大会からは予選からの出場となった。
2012年の第3回WBCは、地元での予選3組に参加したが、予選敗退となった。
2016年の第4回WBCには、2大会連続地元での予選3組に参加したが、2大会連続で予選敗退となった。
2022年の第5回WBCには3大会連続地元での予選B組に参加し、3大会ぶりの出場を決めた。2023年に行われた本戦では、台湾での開催となったA組に参加したが、1次ラウンド敗退となった。
国際大会
ワールド・ベースボール・クラシック
| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2006 | 1次ラウンド敗退 | |
| 2 | 2009 | 1次ラウンド敗退 | |
| 3 | 2013 | 予選敗退 | |
| 4 | 2017 | 予選敗退 | |
| 5 | 2023 | 1次ラウンド敗退 | |
| 6 | 2026 | 1次ラウンド敗退 |
オリンピック
| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 26 | 1992 | 予選敗退 | |
| 27 | 1996 | 予選敗退 | |
| 28 | 2000 | 予選敗退 | |
| 29 | 2004 | 予選敗退 | |
| 30 | 2008 | 予選敗退 | |
| 33 | 2021 | 予選敗退 |
WBSCプレミア12
| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2015 | 参加資格無し | |
| 2 | 2019 | 参加資格無し | |
| 3 | 2024 | 5位 |
ワールドカップ
- 1945年 - 3位
- 2003年 - 準優勝
- 2005年 - 3位
インターコンチネンタルカップ
- 出場なし