野田明弘
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| カタカナ | ノダ アキヒロ | |||||
| ラテン文字 | NODA Akihiro | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1988年9月5日(37歳) | |||||
| 出身地 | 長崎県諫早市 | |||||
| 身長 | 171cm | |||||
| 体重 | 65kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
| 2001-2003 |
| |||||
| 2004-2006 |
(吉田高校) | |||||
| 2007-2010 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2011-2012 |
| 63 | (0) | |||
| 2013-2016 |
| 106 | (0) | |||
| 通算 | 169 | (0) | ||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
野田 明弘(のだ あきひろ、1988年9月5日 -)は、長崎県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。
諫早市立西諫早小でサッカーを始め、中学年代は長崎レインボーSCに所属、中学3年生のときに布啓一郎が率いるU-15日本代表に選ばれている。[1]。
高校年代はサンフレッチェ広島ユースに所属。同期に平繁龍一、遊佐克美、金山隼樹。森山佳郎や沢田謙太郎から指導を受ける。高校1年時にU-16日本代表に選ばれる[2]。高校2年生からボランチや右サイドバックとして試合出場を重ね、同年の高円宮杯ベスト4に貢献。高校3年では右SBのレギュラーとして、中心選手として同年のJユースカップ優勝に貢献した[3]。
森山に進学を勧められ[4]、早稲田大学に入学し、同校サッカー部に入部。同期に岡根直哉。大榎克己や今井敏明、古賀聡から指導を受ける。大学2年生から右サイドバックとしてレギュラーを獲得する[4]。大学3年生でデンソーチャレンジカップ関東大学選抜Aに選ばれ[2]、大学4年では早稲田で副キャプテンを務めた[4]。大学4年次には主将の岡根直哉が怪我でシーズンの殆どを欠場したために公式戦でキャプテンマークを巻き続けた。
2011年、FC岐阜に入団する。同期に佐光塁。即戦力の右サイドバックとして期待され[5]、第1節から試合出場している[4]。 2012年、シーズン途中に右サイドバックのレギュラーを明け渡し、シーズン終了後に契約満了。
2013年より福島ユナイテッドFCに完全移籍。2016年をもって現役引退[6]。
引退後は指導者の道へと進み、2017年からは十文字高等学校女子サッカー部のコーチに就任[7]。 2019年からは同部の監督を務める。同年に全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で全国優勝。
2020年からは村田女子高等学校サッカー部のコーチ・顧問に就任[8]。その後、同部の監督となる。2023年に八鍬晶子が大和シルフィードのトップコーチに就任したことに伴い、その後任として十文字学園女子大学サッカー部の監督となる[9]。
所属クラブ
- ユース経歴
- 1995年 - 2000年 諫早市立西諫早小学校
- 2001年 - 2003年 長崎レインボーSC
- 2004年 - 2006年 サンフレッチェ広島ユース (広島県立吉田高等学校)
- 2007年 - 2010年 早稲田大学
- プロ経歴
- 2011年 - 2012年
FC岐阜 - 2013年 - 2016年
福島ユナイテッドFC