金山隼樹

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愛称 ジュンキ、キム[1]
カタカナ カナヤマ ジュンキ
ラテン文字 KANAYAMA Junki
国籍 日本の旗 日本
金山 隼樹
名前
愛称 ジュンキ、キム[1]
カタカナ カナヤマ ジュンキ
ラテン文字 KANAYAMA Junki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-06-12) 1988年6月12日(37歳)
出身地 島根県出雲市
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ファジアーノ岡山
ポジション GK
背番号 13
利き足 右足
ユース
サンフレッチェ広島ユース
立命館大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2013 V・ファーレン長崎 48 (0)
2014-2017 コンサドーレ札幌 46 (0)
2018- ファジアーノ岡山 65 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年1月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

金山 隼樹(かなやま じゅんき、1988年6月12日 - )は、島根県出雲市出身のプロサッカー選手Jリーグファジアーノ岡山所属。ポジションはゴールキーパー

ユース時代

6歳からサッカーを始める[2]

2004年サンフレッチェ広島ユースに入団[2]。同期に平繁龍一遊佐克美野田明弘ら。2年生からレギュラーを掴み、高円宮杯ベスト4入りに貢献している[3]。ただ3年生になると怪我もあり兼田亜季重にレギュラーの座を奪われてしまい、同年度のJユースカップ決勝戦でもベンチ入りできなかった[4]

2007年立命館大学へ進学する。2010年、関西学生選抜に選ばれた[5]

V・ファーレン長崎

2011年、当時JFLV・ファーレン長崎のセレクションに合格し入団[6]。1年目は近藤健一の控えながら8試合に出場した。2012年は怪我によりキャンプで出遅れたため[7] 新加入の原田欽庸がレギュラーを掴んだことから、バックアップである第3GKとしてJFL優勝とJ2昇格に貢献した[2]。同年度でJFL1試合のみ出場しているが、J2昇格決定後の若手に出番を与える「花試合」での出場であった[2]

2013年も当初は第3GKの位置にいたが、原田の怪我とロアッソ熊本から加入した岩丸史也の不調により、3月20日カターレ富山戦でレギュラーに抜擢され、Jリーグ初出場を果たすと試合は1-0でクラブのJリーグ初勝利に貢献し、以降正GKとなった[2]。正GKとなってからは10戦無敗を記録するなどJ2昇格1年目ながらJ1昇格プレーオフ圏内の6位に入る原動力となった。

コンサドーレ札幌

2014年コンサドーレ札幌へ完全移籍[8]。 3月2日に行われたジュビロ磐田との開幕戦では開幕スタメンを果たし、再三のピンチに好セーブを見せ、前田遼一PKを止めるなどチームの完封勝利に貢献した。

2015年はこの年加入したク・ソンユンに開幕スタメンを奪われ、9試合の出場に留まった。

2016年は9試合に出場。ク・ソンユンが韓国代表でチームを離れた際に出場。7月20日松本山雅FC戦では前回アウェーで対戦したときに負けた悔しさからスーパーセーブを連発しチームの勝利に貢献した。12月19日には自身のTwitterで目の手術をしたことを発表した。

2017年はリーグ・カップ戦合わせて8試合に出場、第27節のアルビレックス新潟戦ではク・ソンユンが相手FWとの接触で負傷退場し、急遽金山が出場した。

ファジアーノ岡山

2018年、出場機会を求めファジアーノ岡山へ完全移籍[9][10]。 同年は一森純とポジションを争いながら22試合に出場するも、19年は完全に一森にポジションを奪われ、8試合の出場に留まった。

2020シーズンは一森が移籍するも、新加入のポープ・ウィリアムが正GKに定着したため、自身は2試合の出場に留まった。

2021シーズンはポープが移籍したため、開幕からレギュラーとして出場していたが、清水エスパルスからレンタルで加入した梅田透吾が第19節に初出場を果たすと、以降は梅田にポジションを譲り再び控えに降格。

2022シーズンも引き続き梅田の控えに留まっていたが、開幕直後に梅田が負傷離脱すると、代わって先発に抜擢。以降はレギュラーとして出場した。しかし、湘南ベルマーレからレンタルで加入した堀田大暉の台頭もありシーズンを通して14試合出場に留まった。このシーズンはキャプテンとしてチームを牽引し、クラブ初の3位という成績に貢献した。

2023シーズンは、鹿島アントラーズから育成期限付き移籍で加入した山田大樹の起用や、堀田が完全移籍で加入したこともあり、サブメンバーに回ることとなった。第15節大宮アルディージャ戦で初出場を果たした。第21節大分トリニータ戦でJ2リーグ通算150試合出場を達成した。

2024シーズンは横浜FCからスベンド・ブローダーセンの加入もあり、サブメンバーに回ることとなった。出場機会はなかったものの、副キャプテンとしてクラブ初のJ1昇格に貢献した。

2025シーズンもブローダーセンの控えに回ることとなり、出場機会が得られない状況が続いた。2025年10月13日、今季限りでの現役引退が発表された。同年11月30日に行われた第37節浦和レッドダイヤモンズ戦にて先発出場を果たした。前半13分までプレーし、交代時には花道で送り出された。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011長崎26JFL80-1090
20122110-0010
2013J2390-10400
2014札幌1280-10290
201590-10100
201690-0090
2017J120501080
2018岡山13J2220-00220
201980-20100
202020--20
2021180-10190
2022130-10140
202320-1030
202400000000
2025J1
通算日本J1 20501080
日本J2 150000801580
日本JFL 90-10100
総通算 1610501001760

その他の公式戦

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島ユース
V・ファーレン長崎
北海道コンサドーレ札幌

脚注

関連項目

外部リンク

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