金井遺跡群
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渋川市内では、関越自動車道渋川伊香保インターチェンジから長野県の上信越自動車道までを連絡する地域高規格道路・国道353号金井バイパス(上信自動車道)、および国道17号渋川西バイパスの建設が行われており、道路敷設予定地域に存在する埋蔵文化財包蔵地について公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団による発掘調査が行われていた。
金井東裏遺跡と金井下新田遺跡の域内を通過する金井バイパスの道路建設部分では、道路予定地に沿った細長い調査区が設定された。金井東裏遺跡では、調査区内部を13区(第1区〜13区)に細分して2012年(平成24年)9月1日から2017年(平成25年)2月17日にかけて発掘調査が実施された[4][5]。
また、金井下新田遺跡では、内部を6区(第1区〜6区)に細分して2014年(平成26年)4月1日から2017年(平成29年)9月30日にかけて発掘調査が実施された[6]。さらに南方で金井バイパスに接続する渋川西バイパスの部分でも、内部を3区(第7区〜9区)に区分して、2018年(平成30年)11月1日~2019年(令和元年)7月31日にかけて発掘調査が実施された[7]。
調査の結果、両遺跡からは、6世紀初頭(古墳時代後期)の榛名山二ツ岳の大噴火による噴出物(テフラ)と、6世紀中頃の同火山の大噴火による噴出物による、併せて最大2メートル以上の分厚い堆積層に埋没した古墳時代集落跡が発見された。おびただしい数の竪穴建物や平地建物等の遺構のほか、金井東裏遺跡の「甲を着た古墳人」や、金井下新田遺跡の首長の居館跡など重大な発見が相次ぎ、「日本のポンペイ」「世紀の発見」と称された[注 2]。
両者は、遺跡の名称と登録番号は異なるが、榛名山の噴火によって壊滅した古墳時代の同一集落の領域であったため、金井遺跡群の一部として一括化されており[1]、出土遺物も「金井遺跡群出土品」として国の重要文化財指定された[3]。


