鈴木研一
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人物
- A型、身長181cm。
- 空手を習っていたこともある。
- 大学時代は人形劇サークル「チロリン村」に所属。王子様の役を担当したこともある。
- 人間椅子ではギターの和嶋と共に作詞・作曲を担当する。彼の詞は妖怪や地獄などを題材にしたものが多く、また彼の趣味であるギャンブルを歌ったものもある。
- 曲作りは全てギターで行い、ベースには触らない。鈴木曰く、オニギリ型のピックが1円玉のような形になるまで弾き込む、作曲し始めるとその1円玉が10個くらいになる、だから曲作り後は指がギター用の指になっていて、すぐにはベースが弾けない。
- ライブでの扮装は、初期はねずみ男、中期では袴や着流しの格好をしていたが、現在では装束の上にシースルーの僧侶用法衣を着用している。
- KISSのジーン・シモンズのファンであり、同じくシモンズのファンである廣瀬洋一と雑誌で対談した事がある。
- 本人は自身のベースのスタイルをジーン・シモンズとギーザー・バトラーのミックスと言っている。
- 高円寺SHOW BOATで定期的に開催されるDJイベント「ハードロック喫茶ナザレス」のマスター[1]。イベントタイトルの由来はスコットランドのハードロックバンドナザレス。
- 基本的にブルースが嫌い。理由はベースのフレーズが面白くないから。学生時代にブルース好きな和嶋とブルースのセッションをした事はあるが、和嶋曰く「これは一緒にバンドでやっちゃダメだな・・・」と思うほど、つまらなそうにプレイしていた。
- 23年間、郵便局で配達員のアルバイトをしていた。
- バンドがブレイクし、活動が忙しくなっても尚、郵便局でのアルバイトを継続していたが、和嶋にバンド活動に集中すべき!と何度も説得され、23年間務めた郵便局を退職した。
- 人間椅子で1番の料理上手であるが、東北の生まれであるためか全体的に濃い味付けを好み、加えて偏食で特にきのこ類を好まない。ネット番組『帰ってきた人間椅子倶楽部』内でも「えのきが特に嫌いなんだよ」と発言している。
- 長年の偏食が祟り、2019年に尿路結石を患い、バンド生活30年目にして初めてライヴに穴をあけてしまう。以降は飲み物もジュースやコーヒー類は控え、水に替えるなど多少食生活に気を使うようになった。
- 地元弘前の弘前ねぷたまつりが好きで毎年ねぷたの時期になると弘前に帰省している。
音楽的影響
小林克也のラジオでかかったキッスのラヴィン・ユー・ベイビーに衝撃を受け、中学時代はキッスに傾倒[2]。
ブラック・サバス、バッジー、ジューダス・プリースト、スコーピオンズ、ブルー・オイスター・カルト、ディープ・パープル、ユーライア・ヒープなども影響を受けたバンドとして挙げている[3]。