阿里山郷
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 別称: 呉鳳郷 | |
|
| |
| 地理 | |
|---|---|
|
| |
| 位置 |
北緯--°--' 東経--°--' |
| 面積: | 427.8471 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 阿里山 |
| 日本語読み: | ありさん |
| 拼音: | Ālǐshān |
| 注音符号: | ㄚ ㄌㄧˇㄕㄢ |
| 片仮名転写: | アリシャン |
| 台湾語: | A-lí-san |
| 客家語: | Â-lî-sân |
| ツォウ語: | Psoseongana |
| 行政 | |
| 行政区分: | 郷 |
| 上位行政区画: |
|
| 下位行政区画: | 12村78鄰 |
| 阿里山郷長: | 杜力泉 |
| 公式サイト: | 阿里山郷公所 |
| 情報 | |
| 総人口: | 5,710 人(2016年1月) |
| 世帯数: | 1,966 戸(2016年1月) |
| 郵便番号: | 605 |
| 市外局番: | 05 |
| 阿里山郷の木: | - |
| 阿里山郷の花: | - |
| 阿里山郷の鳥: | - |

歴史
嘉義地区には明末の鄭成功時代より漢人の入植が進み、清代の康熙末年には嘉南平原一帯の開発がほぼ完了していた。新たな土地を求めた漢人は乾隆年間ごろに竹崎郷、梅山郷一帯より阿里山地区に入植する者が出てきた。漢人の進出は、この地域を活動区域としていた原住民であるツォウ族との衝突につながった。漢人は奮起湖や瑞里等の集落を形成し、ツォウ族は漢人に圧迫され山地へと活動拠点を移した。このツォウ族を教化した故事で知られる「呉鳳神話」はこの時期に祖形が生まれたものである。
日本統治時代、日本政府はヒノキ材の伐採のために嘉義市よりこの地に至る阿里山森林鉄道を建設、阿里山で大量の木材が伐採されることになると同時に、阿里山における大きな観光インフラの整備が進んだ。
1946年、中華民国政府は呉鳳の「捨身取義」の行為(原住民からは否定的な評価を受けている)を顕彰してこの地(元・台南州嘉義郡の蕃地)を「呉鳳郷」と改称し、国民小学の教科書の中で呉鳳の物語を採用するなど、政治的に利用されることとなった。1987年9月9日、ツォウ族より政府に対し原住民差別政策の撤廃と、「呉鳳郷」を「阿里山郷」と改称し、呉鳳に関する内容の教科書からの削除を求める運動が成され、1989年3月1日に「阿里山郷」と改名され現在に至っている。
経済
行政区
歴代郷長
| 代 | 氏名 | 任期 |
|---|---|---|
| 1 | 高一生 | |
| 2 | 汪文理 | |
| 3 | 汪文理 | |
| 4 | 武野仁 | |
| 5 | 莊野秋 | |
| 6 | 江有義 | |
| 7 | 江有義 | |
| 8 | 武野仁 | |
| 9 | 武野仁 | |
| 10 | 莊安然 | |
| 11 | 石信忠 | |
| 12 | 石信忠 | |
| 13 | 湯保富 | |
| 14 | 湯保富 | |
| 15 | 陳明利 | |
| 16 | 陳明利 | |
| 17 | 杜力泉 | 現任 |