蕃地

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1936年頃の高砂族の分布図

蕃地(ばんち、中国語: 蕃地)はかつて日本統治時代の台湾で存在した行政区画。台湾原住民である高山族の多く住む地域で施行され、街や庄といった下位の区画が設置されない特殊な行政区画とされていた[1]。現在の原住民郷山地原住民区の前身となっている。

日本の統治が始まった初期には漢民族の住む地域と蕃地の境界が明確ではなかった。その後日本による統治が進むにつれ、土地調査事業隘勇制度の推進に伴い蕃地の範囲は定義化されていき、1910年から1925年にかけての林界整理により蕃地の境界はさらに明確化された。1920年10月1日に台湾の行政区画として州庁制が施行された際、各州庁の行政区は通常の行政区である街庄と、特別な行政区である「蕃地」に分けられた。 蕃地では戸籍、土地所有権[注 1]、税制、教育は蕃童教育所で行われるなど、事務が通常の行政区とは異なり蕃地の行政事務は台湾総督府警察により管理された。また、1930年代末からは蕃地を通常の行政区へ編入しようという声も上がっていたが、実際には1945年の台湾光復まで実現しなかった[2]

存在した蕃地の一覧

脚注

関連項目

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