難波剛健
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岡山県岡山市江並出身[3]。小学校時代は祖父や父の影響でスポーツ少年団で卓球をし、岡山市の大会で優勝もした[3]。ゲーム『ダービースタリオン』がきっかけで競馬に興味を持ち[4]、岡山市立操南中学校2年の時にテレビの競馬中継を見て小柄な体を活かせる騎手という職業を知る[3]。競馬学校17期生で、同期に石神深一、大庭和弥、川島信二、小坂忠士、平沢健治、蓑島靖典らがいる。初めて馬に乗ったのは競馬学校の試験の時だったが、卒業時に騎乗技術の優秀者に贈られるアイルランド大使特別賞を受賞した[3]。
2001年に栗東・高橋成忠厩舎所属騎手としてデビュー。4月22日、福島9Rでサンラヒブニセイに騎乗し初勝利[1][5]。デビュー年に11勝を挙げ中央競馬関西放送記者クラブ賞[2]を受賞。翌年には自身最多の20勝を挙げた。
2003年1月6日、京都5Rのホクトランドで障害初騎乗し、2005年4月9日の阪神4Rでスリーカルチャーに騎乗し障害初勝利を記録[1]。
2009年にはサンレイジャスパーでエリザベス女王杯に出走しGIレースに初騎乗した。
2014年10月13日、東京ハイジャンプで13番人気サンレイデューク(サンレイジャスパーの弟)に騎乗し、重賞初勝利[6]。サンレイデュークとは平地時代を含めキャリア38戦中26戦でコンビを組み、2015年の阪神スプリングジャンプで重賞2勝目、2017年の中山グランドジャンプではオジュウチョウサンに次ぐ2着と健闘した。
2019年2月3日、中京5Rの新馬戦を6番人気ボランテレオで制し、自身初の新馬戦での勝利を挙げた。「こんなにいい馬に乗せてもらっていいのかな、と思いました。依頼があった後に調べてみたら、2014年に中山大障害を勝ったレッドキングダムの弟でした。これも縁なのでしょうか」と語っている[7]。同年5月18日、新潟1R(障害未勝利)をオールマンリバーで制し、JRA通算100勝を2076戦目で達成した(平地58勝・障害42勝)[8]。その後、同日の新潟4R(障害OP)もマイブルーヘブンで制して1日2勝を挙げた[9]。障害で1日2勝したのは自身初で、1日2勝も2003年10月26日に平地で達成して以来15年半ぶりだった[9]。
2026年2月14日、小倉4R・障害4歳上未勝利でセイフウサツキに騎乗し、史上22人目、現役9人目となるJRA障害通算1000回騎乗を平地を含め2492戦目で達成した[10]。