風祭
日本の神奈川県小田原市の地名
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地理
歴史
『新編相模国風土記稿』にある早川庄谷津村の妙光院の寺伝によると、鎌倉時代の弘安3年(1280)に、時の執権・北条時宗に仕えた風祭光秀という人物は、風祭村に住み、日蓮に帰依して同寺の開基となった[6]。風祭光秀の子孫はのちに風祭に隣接する水之尾に移り住み、大木氏を名乗ったとされている。
また『新編相模国風土記稿』の風祭村の項によると、15世紀後半に著された『廻国雑記』に「風祭」の地名がみえ[7]、また17世紀前半に成立したとみられる『甲陽軍鑑』や『北条記』にも「風祭」の地名がみえる。
なお、忍術・忍者の解説書で、風祭の近くに「風間村」「風間谷」という地名があると書かれていることがあるが、そのような地名は存在しない。
旗本・風祭氏
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年7月時点)[14]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 小田原市立大窪小学校 | 小田原市立城南中学校 |
事業所
交通
施設
- 国立病院機構箱根病院
- 鈴廣かまぼこ博物館
- 鈴廣かまぼこの里
