飽食の時代
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概要
日本


日本では第二次世界大戦後の昭和以降、食文化が大きく変化。新しい食べ物が続々と登場すると同時に、高度成長期を背景に飽食の時代を迎えた。
サラダが日本に持ち込まれたのは、第二次世界大戦後のことである。その前の日本には、様々な野菜を生のまま食べる習慣はなく、日本において、公の場で初めてサラダが登場したのは1949年(昭和24年)のクリスマスイブで、当時、GHQの宿舎となっていた帝国ホテルのパーティーの席上で提供されたシーザーサラダが最初である[6]。
明治時代以降に肉食文化が広がりを見せたものの、肉を主役の料理と言えば、すき焼き程度のものであった。この状況に変化が訪れたのは、1970年代以降で、在日朝鮮人・韓国人によって焼肉の文化が伝えられ、広く受け入れられるに至った。牛肉、豚肉を程よい大きさに切り、多種のタレや薬味を付けて食べるこの料理は、白米との相性も良く、日本人の味覚にも合っていた[6]。
1970年代から1990年代にかけて、日本人の食生活や社会環境は大きく変化する。日本が経済的な繁栄や世界各国との関係もあり、食品の輸入が増加する。街中では外食産業が発展し、食を巡る環境は大きく変化する[3]。高度成長期にはハンバーグが登場する。発祥は、ドイツからアメリカへと渡った肉料理からヒントを得て、あるレストランがメニューに取り入れたものだったが、手頃な価格の挽き肉を素材とすることで、家庭料理としても爆発的な人気を獲得した。1970年代にはファミリーレストランが登場し、ハンバーグをはじめ、比較的安価でバラエティに富んだ洋食が提供されるに至った。さらに、ハンバーグが日本の食文化に浸透したのには、ハンバーガー店の登場がある。イギリスを発祥とするサンドイッチをもとに、アメリカで考案されたハンバーガーは、1950年代にはアメリカの国民食と言える程の人気を誇り、1960年代にはハンバーガーのチェーン店が台頭し、1971年(昭和46年)にマクドナルドの日本第1号店がオープンし、当時の日本人の憧れとなった[6]。
