高市氏
日本の氏族
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高市県主
天津彦根命の三世孫にあたる彦伊賀都命の後裔を称した三上氏族に属する天孫系氏族[3]。奈良盆地の南部にある「倭国六県」のひとつである高市県(後の大和国高市郡。神武・綏靖・安寧・懿徳という連続する四代の天皇陵が集中して存在した[2]。)を本拠とした[4][2]。
姓は県主だが、天武天皇12年(683年)八色の姓の制定に伴って、本宗は連姓に改姓した[5]。
主な人物
高市許梅は壬申の乱の際、神がかりとなって大海人皇子(後の天武天皇)に対する神の加護を伝えたことで知られる。
また、高市黒人は歌人として名を残し、『万葉集』に短歌18首が採録されているほか、『玉葉和歌集』『新拾遺和歌集』に1首ずつ入集する勅撰歌人でもある[6]。
8世紀にまで中央官司として叙爵した氏人が複数みえており、なかでも東大寺大仏の大鋳師を勤めた大国(真国)は従四位下まで昇った[2]。