片面ホーム1面1線で、機回しが可能な側線があったが、晩年は小松駅側のポイントが撤去されていた。ホームの小松駅寄りに簡素な木造駅舎があった。なお、鵜川遊泉寺駅は停車場という扱いであった。
1945年(昭和20年)に当駅から能美線の加賀佐野駅へ延長して同線と接続する計画が立てられた。第一期工事として河田(こうだ)駅までの工事が行われ、中間には埴田(はねだ)駅が設置される予定だったが、開業に至らぬまま中止され、既に完成していた路盤は放棄された[6]。駅から延びる築堤と車止め付近の線路の終点部分が北方を向いてカーブしていたのはその名残である[4]。