大鄭線
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歴史
日本が建設した四洮線の第一部分である四鄭線は1917年に着工され、鄭家屯まで開通した時には日本軍が鄭家屯から通遼鎮に至る「四洮線鄭通支線」を計画していた。鄭通支線は1921年4月1日に着工され1922年1月1日に開業した。鄭家屯を出ると西に向かい西遼河の南側を経由して通遼に至る路線である。
1921年9月には張作霖政府が八道壕の石炭を輸送する路線として奉山線(奉天駅 - 山海関)の打虎山駅(1926年に大虎山駅に改称)から八道壕駅に至る全長29kmの路線の建設を開始、1922年12月9日に「虎壕支線」として開業した。1923年8月から八道壕から北への延伸が続けられ、1925年8月には新立屯まで開通した。その後も北への延伸は続けられ、1927年1月には彰武まで、同年10月24日には通遼まで開通して全長251.7kmの「大通支線」は全線貫通し、11月15日に正式開業した。
1934年4月1日には大通支線と鄭通支線が結ばれ「大鄭線」に改称された。
大鄭線の複線化工事は2010年に開始された[1]。