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朝陽

日本の長野県長野市の地域名 From Wikipedia, the free encyclopedia

朝陽(あさひ)は長野市北東部の地域。本項ではかつて概ね同地域に所在した上水内郡朝陽村(あさひむら)についても述べる。

国 日章旗 日本
都道府県 長野県
自治体 長野市
概要 朝陽 あさひ, 国 ...
朝陽
あさひ
国 日章旗 日本
地方 中部地方(甲信越地方)
都道府県 長野県
自治体 長野市
旧自治体 朝陽村
面積
6.60km²
総人口
15,065人
(住民基本台帳、2023年3月1日現在)
人口密度
2,282.58人/km²
隣接地区 吉田地区、古牧地区、古里地区、柳原地区、大豆島地区、若穂地域
長野市役所朝陽支所
北緯36度39分15.8秒 東経138度14分26.1秒
所在地 〒381-0014
長野県長野市大字北尾張部226-9
リンク 朝陽支所公式ページ
朝陽の位置(長野県内)
朝陽
朝陽
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「朝陽」の地名の由来は、この地域が東に傾斜していて、朝日に面する地勢であり、朝日が昇るように村を発展させたいとの願いをこめ、「日」の字に瑞兆(めでたい前触れ)のある「陽」の字をあてて「朝陽」と命名したことにある[1]。

人口

地域内の人口(長野市役所朝陽支所管内)は6,471世帯 15,065人(令和5年3月1日時点)[2]。

以下の1889年~1995年は『長野市誌 第8巻』[3]に、2000年~は住民基本台帳の各年1月1日時点のデータ[2]に基づく。

1955年頃までは増加も緩やかだったが、それ以後スピードを増し、1965年~1975年の間に約2倍になっている。またそれからも増加し、2000年時点で15,000人台を達成。それ以後も現在に至るまでその値をキープしている。

1955年(昭和30年) 4,386人
1965年(昭和40年) 5,329人
1975年(昭和50年) 10,317人
1985年(昭和60年) 12,724人
1995年(平成7年) 14,229人
2005年(平成17年) 15,267人
2015年(平成27年) 15,164人
長野市

地理

地域北部を長野電鉄長野線、中央部を国道18号、南部を長野県道58号長野須坂インター線が東西に走る。地域南西端を千曲川がかすめている。

周囲は以下の地区[4]と接する。

長野市街地から5kmほど離れており、駅周辺や幹線道路沿いは宅地・商業開発が進んでいるものの、特に東部においては依然として農地の多く残る地域である。

河川

歴史

概要 あさひむら 朝陽村, 廃止日 ...
あさひむら
朝陽村
廃止日 1954年4月1日
廃止理由 編入合併
長野市、古里村、柳原村、浅川村、大豆島村、朝陽村、若槻村、長沼村、安茂里村、小田切村、芋井村 → 長野市
現在の自治体 長野市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中部地方(甲信越地方)
都道府県 長野県
郡 上水内郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 4,335人
(国勢調査、1950年)
隣接自治体 長野市
上水内郡古里村、柳原村、大豆島村
上高井郡綿内村
朝陽村役場
所在地 長野県上水内郡朝陽村
座標 北緯36度39分15.9秒 東経138度14分26.2秒
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前身各村〜旧朝陽村の歴史
長野市朝陽地区の歴史

大字・町丁

石渡

石渡(いしわた)は、朝陽地域中央部の地区(大字)。郵便番号は、381-0015。

地区北端を長野県道374号北長野停車場中俣線が東西に走り、地区中央部を長野県道372号三才大豆島中御所線が南北に走る。

周囲は以下の大字・町と接する。

地区内はほぼ宅地化されている。また、地区中央部を東西に走る東部幹線(運動公園通り)の開通により、その沿道に近年商業施設が立ち並ぶようになった。地区南東部は富士通長野工場の敷地で占められている。

地区内の人口および世帯数は、1,112世帯 2,642人(令和5年3月1日現在)[2]。

交通

鉄道

地区内に鉄道は通っていないが、地区北部では長野電鉄朝陽駅(南堀)、地区東部では長野電鉄附属中学前駅(南堀)が利用できる。

路線バス

地区東端の運動公園東停留所から、長電バスの以下の路線系統が利用できる。

地区北部では、長野県道374号北長野停車場中俣線を走るぐるりん号の以下の路線系統が利用できる。

施設

北尾張部

北尾張部(きたおわりべ)は、朝陽地域中央部の地区(大字)。

北長池

北長池(きたながいけ)は、朝陽地域中央部の地区(大字)。郵便番号は、381-0025。

地区南部を長野県道58号長野須坂インター線(エムウェーブ大通り)が南北に走り、地区中央部を長野県道372号三才大豆島中御所線が南北に走る。また、地区北東部を国道18号がかすめている。

周囲は以下の大字・町と接する。

長野五輪スピードスケート会場「エムウェーブ」

地区の大部分は農地であり、集落は地区北西部に固まっているほか、地区北東部の国道18号沿いには住宅地(千曲住宅地)が開発されている。

地区南端には1998年(平成10年)の長野オリンピックに際してスピードスケート会場「エムウェーブ」が建設され、北側に隣接して11階建て4棟からなるメディア村(プレス用宿泊施設)が整備された。メディア村は現在長野県住宅供給公社の団地として供用されている。

「長池」という地名の由来は、南長池#概要を参照。

地区内の人口および世帯数は、1,080世帯 2,580人(令和5年3月1日現在)[2]。

交通

路線バス

地区北部では、国道18号を走る長電バスの以下の路線系統が利用できる。

地区中央部では、アルピコ交通(川中島バス)の以下の路線系統が利用できる。

  • アルピコ交通(川中島バス)

地区南部では、エムウェーブ大通りを走る長電バスの以下の路線系統が利用できる。

施設

北堀

北堀(きたぼり)は、朝陽地域北部の地区(大字)。郵便番号は、381-0005。

地区南端を長野電鉄長野線が東西に走り、南堀との境をなす。地区中央部には長野県道372号三才大豆島中御所線が南北に走る。

周囲は以下の大字・町と接する。

地区西部〜北東部にかけて宅地化されているが、地区南東部は農地で占められる。

南堀との境にある長野電鉄朝陽駅は、駅本屋・出入口こそ南堀側にあるものの、小規模な駅前商店街は北堀側に形成されている。

地区内の人口および世帯数は、1,147世帯 2,606人(令和5年3月1日現在)[2]。

交通

鉄道
路線バス

長野県道372号三才大豆島中御所線を走る、ぐるりん号の以下の路線系統が利用できる。

施設

  • 長野中央自動車学校
  • 堀神社

桜新町

桜新町(さくらしんまち)は、朝陽地域中西部の地区。

南堀

南堀(みなみぼり)は、朝陽地域北部の地区(大字)。郵便番号は、381-0016。

地区北端を長野電鉄長野線が東西に走り、北堀との境をなす。地区南端を長野県道374号北長野停車場中俣線が東西に走り、地区中央部を長野県道372号三才大豆島中御所線が南北に走る。

周囲は以下の大字・町と接する。

概ね県道372号を境に西側に住宅地が広がっており、東側は農地が多い。この農地の中に東証一部上場のきのこメーカー・ホクトの本社ビルがそびえる。

地区南東部の長野電鉄附属中学前駅を取り囲むように信州大学の附属小・中・特別支援学校の校地が広がっており、その南側に新興住宅地が拓かれている。

地区内の人口および世帯数は、1,189世帯 2,659人(令和5年3月1日現在)[2]。

交通

鉄道
路線バス

長野県道374号北長野停車場中俣線・長野県道372号三才大豆島中御所線を走る、ぐるりん号の以下の路線系統が利用できる。

施設

屋島

屋島(やしま)は、朝陽地域南部の地区(大字)。郵便番号は、381-0021。

地区東端を千曲川が流れる。地区中央部を長野県道58号長野須坂インター線(エムウェーブ大通り)が東西に走る。

周囲は以下の大字・町と接する。

屋島橋で須坂市とつながる

大部分が農地で占められており、集落は地区北部の北屋島と、地区中西部の南屋島がある。

「屋島」としての歴史は比較的浅く、江戸時代に高井郡福島村(現 須坂市)の新田として開発された福島新田(ふくじましんでん=現 北屋島)と、高井郡綿内村(現 長野市若穂綿内)の新田として開発された土屋坊(どやぼう=現 南屋島)に、北長池村の一部を併せて、1886年(明治19年)に上水内郡屋島村として成立している。なお、現在では福島・綿内はともに千曲川の対岸に位置するが、千曲川の流路が移り変わる中で分断されたと考えられる[6]。

地区内の人口および世帯数は以下の通り(令和5年3月1日現在)[2]。

さらに見る 世帯数, 人口 ...
世帯数人口
南屋島 355世帯809人
北屋島 187世帯497人
計 542世帯1,306人
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交通

路線バス

地区北部(北屋島)では、アルピコ交通(川中島バス)の以下の路線系統が利用できる。

  • アルピコ交通(川中島バス)

地区南部では、エムウェーブ大通りを走る長電バスの以下の路線系統が利用できる。

施設

  • 角藤 本社
  • 伊勢社 (長野市北屋島)
  • 皇大神社 (長野市)
  • 陽莟庵
  • 円西庵

出身著名人

参考文献

脚注

外部リンク

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