(54598) ビエノール
ケンタウルス族の小惑星
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(54598) ビエノール[10][11](英語: Bienor、仮符号:2000 QC243)とは、太陽系の比較的外側、土星と天王星の間を公転しているケンタウルス族の天体である。名前は神話上のケンタウロス、ビエノールに由来する。 2000年8月27日、当時チリのセロ・トロロ汎米天文台で行われていた黄道域ディープサーベイの一環の観測中に発見された[1]。 ビエノールは非常に細長い形状をしており、一番長い部分は254kmあるのに対し一番短い軸をとると90kmしかない。大きさの知られているケンタウルス族天体では最大級の天体の1つであり、掩蔽が複数地点で同時観測されたケンタウルス族天体としては(10199) カリクロー、(2060) キロン、(95626) 2002 GZ32に続いて4番目にあたる[3]。
| ビエノール 54598 Bienor | |
|---|---|
| 仮符号・別名 | 2000 QC243 |
| 分類 | ケンタウルス族 |
| 発見 | |
| 発見日 | 2000年8月27日[1] |
| 発見者 | 黄道域ディープサーベイ[1] |
| 発見場所 | セロ・トロロ汎米天文台[1] |
| 軌道要素と性質 元期:TDB 2461000.5(2025年11月21日)[2] | |
| 軌道長半径 (a) | 16.601 au[2] |
| 近日点距離 (q) | 13.190 au[2] |
| 遠日点距離 (Q) | 20.011 au[2] |
| 離心率 (e) | 0.205[2] |
| 公転周期 (P) | 24704.935 日[2] (67.638 年[2]) |
| 軌道傾斜角 (i) | 20.723°[2] |
| 近日点引数 (ω) | 152.413°[2] |
| 昇交点黄経 (Ω) | 337.804°[2] |
| 平均近点角 (M) | 348.833°[2] |
| 最小交差距離 | 4.066 au(土星)[1] 0.638 au(天王星)[1] |
| 物理的性質 | |
| 三軸径 | (254±10) × (110±8) × (90±8) km[3] |
| 平均直径 | |
| 平均密度 | 0.55–1.15 g/cm3[4]:4157 |
| 自転周期 | 9.1736±0.0002 h[3] |
| スペクトル分類 | BR型[5][6][7] |
| 絶対等級 (H) | 7.47±0.04(2016年の平均)[4][注釈 3][8]:7。 |
| 光度 | ~19 等級[1][9] |
| アルベド(反射能) | 0.065±0.005[3] |
| 赤道傾斜角 | 30°±3° |
| 色指数 (B-V) | 0.70±0.02[7]:484 |
| 色指数 (V-R) | 0.47±0.02[7]:484 |
| 色指数 (V-I) | 0.92±0.04[7]:484 |
| ■Template (■ノート ■解説) ■Project | |
他のケンタウルス族天体と同様、ビエノールも海王星軌道の外側に位置する太陽系外縁天体が存在する領域に起源をもつと考えられている。現在のビエノールの軌道は太陽系の巨大惑星の重力に強く影響されており、今後数百万年以内に軌道が不安定になり太陽系から放り出される可能性もある[4][12]。 観測からビエノールの表面は暗い灰色で、水の氷で構成され、さらには相当量の有機化合物が存在する可能性があることも分かっている[3][13]。 ビエノールの明るさは自転により9.17時間周期で変動するが、長期間にわたって絶対等級が徐々に増加するなど、説明が難しい挙動も観測されている[4]。 ビエノールの明るさの異常な挙動や、ビエノールの直径の放射測定が別手法で実際に測定された測定より過大であることなどから、天文学者の中にはビエノールが環や衛星を持っていたり、表面の反射率(アルベド)の変化が起きているという仮説を持つ研究者もいる[3][8]。
歴史
発見

ビエノールは2000年8月27日に、マーク・ビューイ、ジェシカ・ラベリング、カレン・ミーチ、ジェームズ・L・エリオットらの天文学者が行っていた天文サーベイである黄道域ディープサーベイ(Deep Ecliptic Survey:DES)の観測中に発見された[1][14]。 DESは空の黄道領域にある微光な太陽系外縁天体を探すために1998年から2005年にかけて行われていた撮像サーベイである[15][16]。 DESに使用された望遠鏡の1つがチリのセロ・トロロ汎米天文台にある口径4mのビクター・M・ブランコ望遠鏡であり[15]、ビエノールを発見したのはこの望遠鏡である[17]。 ビエノールは、DESで発見された、数少ない木星と海王星の間に位置する天体の1つである[15]:118–119。発見観測の後、2000年10月初めにローウェル天文台でも観測され、その後2000年10月14日に国際天文学連合の小惑星センター(MPC)からビエノールの発見が公表された[17]。 以降、いくつかのプレカバリーが発見され、その中で最も古い観測はパロマー天文台のデジタイズド・スカイ・サーベイとしてアーカイブ化されている写真乾板に写っていた、1953年1月12日のものである[1]。
番号登録と名前
ビエノールは2003年2月16日に小惑星番号54598番を与えられた[18]。 その後も名前がつくまでは、番号登録前の仮符号である2000 QC243[1][4]:4147と呼ばれた。
ビエノールという名前はギリシャ神話のケンタウロス、ビエノールに由来しており、これはケンタウルス族天体には神話上のケンタウロスの名前をつけるという天文学上の命名規則に則っている[19]:8。 ギリシャ神話では、ビエノールはペイリトオスの結婚式で花嫁であるヒッポダメイアを誘拐しようとして英雄テーセウスに殺されたケンタウロスの1人である[1][20]:17。 この名前は発見者の1人ジェームズ・エリオットの妻エレイン・エリオットによって提案され[20]:17、小惑星センターから2004年1月7日に公表された[21]:37。
軌道

ビエノールは土星と天王星の間を公転し[12]、太陽からの平均距離は16.6au、公転周期は67.6年である[2]。 楕円軌道を描いているため近日点では太陽から13.2auまで近づくが、遠日点では天王星軌道のわずかに外側である20.0auまで遠ざかる[2]。ビエノールの軌道は地球の軌道面(黄道面)に対して 20.7°傾いている[2]。 ビエノールは天王星と5:4の平均運動共鳴の関係にある可能性が指摘されているが[12]、この関係が確認されたとしてもその共鳴は他の惑星の重力の摂動の影響で不安定になり、どのみち100万年以上は持続しないと考えられている[12]。
ビエノールはケンタウルス族に分類され、これは一般的に[注釈 4]木星と海王星の間を公転し、小惑星と彗星の特徴を併せ持つ太陽系小天体が分類される[3]:1[8]:1。 ケンタウルス族天体は、カイパーベルトや散乱円盤天体のような海王星の外側領域に起源をもつと考えられているが、主に木星型惑星に接近した際に受けた重力散乱によって太陽の近くまで到達した[4]:4147[8]:1。 ケンタウルス族天体は現在も巨大惑星の重力摂動の効果を強く受けており、その軌道は不安定で数百万年以内に太陽系から放出される可能性もある[4]:4147[8]:1。 逆に言えば、ビエノールを含む現在のケンタウルス族天体の多くは海王星軌道の内側に最近数百万年以内に入ってきたばかりとも考えられる[8]:1。
観測
光学観測

2025年時点でビエノールは空の北天に位置し[注釈 5]、見かけの等級は約19等[1][9]である。 見かけの等級はビエノールの軌道上の位置に依存し、近日点では18等台に達するが遠日点では21等まで暗くなる[23]。 2025年現在[update]、ビエノールは70年以上観測されており、軌道1周分を超える[1][2]。
ビエノールの固有の明るさ(絶対等級)は、ビエノールは細長い形状で自転しているため数時間のタイムスケールでの変化が観測されているが、何らかの不明な理由によって数年の長いタイムスケールで起こっている変動もある[4]。 2001年から2016年の間で、ビエノールの自転分を平均した絶対等級は8.1等から7.4等まで明るくなった。この正確な原因は分かっていないが、可能性のある理由としてビエノール表面に明るい領域が存在するか、環の存在がある[4]:4154, 4157。どちらのシナリオでも、地球からビエノールを見込む角度が徐々に変化することで絶対等級の緩やかな変化が説明できる[4]:4157。
掩蔽観測
ビエノールが空を移動している際に、地球から見て偶然に背景の恒星の手前を通過すると、その際に背後の恒星からの光を一時的に遮る掩蔽という現象を起こす[20]:18。 ビエノールによる恒星の掩蔽を観測することで、ビエノールの正確な位置、形状、大きさや、未知の環や衛星の存在を知ることができる[3]:2[4]:4157。 掩蔽の予測には、事前の観測キャンペーンなどでビエノールの位置測定を数多く行っている必要がある[3]:2[20]:18。 ビエノールの掩蔽が世界で最初に観測報告されたのは2017年12月29日(日本時間12月30日未明)の単独での報告で[20]:18、鹿児島県与論島のアマチュア天文家が観測に成功し、これは日本で初めてのケンタウルス族天体の掩蔽観測の成功例となった[11]。最初に同時に複数地点から掩蔽が観測されたのは2019年1月11日で、ポルトガルやスペインに布陣した8つの望遠鏡のうち4地点から掩蔽が観測された[8]:2。 ビエノールは(10199) カリクロー、(2060) キロン、(95626) 2002 GZ32に続いて4番目の、複数地点での掩蔽が同時観測されたケンタウルス族天体となった[8]:1。さらにその後2022年、2023年、2024年にも複数地点での掩蔽が観測された[3][24]。2022年の掩蔽は最初に尾鷲市立天文科学館で観測され、続いて奈良県宇陀市、三重県津市で掩蔽を起こした後、6分30秒かけてビエノールの影が地球上を横切り、ベルギーの3地点で掩蔽が観測された後、フランスのサルビア天文台で最後に観測されている[10]。
中央: 2022年2月6日(左)、2022年12月26日(中央)、2023年2月14日に観測された恒星の掩蔽の弦から再構築したビエノールの形状。特に2022年12月の現象では日本とヨーロッパで同時に観測され多数の弦が集まったため細長い形状が明らかになった[3]:4。
物理特性
大きさ、形状、密度

ビエノールは非常に細長い天体で、その形状は254 × 110 × 90kmの三軸楕円体に近似される[3]。 一番短い軸である90kmの軸はビエノールの自転軸に平行であり、他の二軸はビエノールの赤道面に沿っている[3]:8。 ビエノールの赤道に沿った254kmの最長軸は、もう一方の110kmの軸の2倍の長さである。天文学者は、ビエノールの掩蔽観測で捉えた形状の複数のスナップショットと、明るさの周期変動を組み合わせてその形状を決定することができた[3]。さらに2024年11月6日の掩蔽観測の結果ではビエノールの最長軸は、前述の楕円体より長い275kmに達する可能性も指摘されている[24]。
ビエノールの大きさは、地球から見える表面積に相当する面積の等価直径で表すこともできるが、実際は三次元形状の回転により変化する[3]:6。 ビエノールの熱放射の放射測定をハーシェル宇宙望遠鏡とアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)が2011年と2016年に行ったところ、面積等価直径は179kmから184kmと決定され、これは直径が測定されたケンタウルス族天体ではカリクローやキロン、2002 GZ32に次ぐ大きさになる[20]:18[25]。 しかし掩蔽観測で得られた大きさから面積等価直径を計算するとその値は130kmから170kmの間となり[8]:8、ビエノールの自転を考慮しても放射測定直径より一貫して小さな値となる[3]:6。 この両直径の不一致は形状の不規則性、表面のアルベドの変動、または未知の衛星の存在が原因とされる[3]:10。
ビエノールの質量や密度は測定されていないが、ビエノールの自転速度や形状から考えて、ビエノールが純粋な自己重力流体であり静水圧平衡が成立していると仮定することで推定できる[3]:2[4]。ただしこれはあくまでも仮定であるため、実際に静水圧平衡であることが確認されたわけではない[8]:8。 この仮定の下で計算すると、ビエノールの密度は0.55–1.15 g/cm3の範囲にあり、この値はビエノールの明るさが表面アルベドの変動や環の存在といった外的要因によるものかどうかでも変化する[4]:4157。太陽系小天体の密度は天体の大きさからある程度予想することもでき、この予想方法に基づくとビエノールの場合は密度が0.7 g/cm3ほどとなり、小さな彗星核よりは高密度だが、直径500kmを超える大きさの典型的な太陽系外縁天体よりは低密度である[4]:4156–4157。
回転と光度曲線

ビエノールは細長い形状をしているため、9.17時間周期の自転の中で明るさがはっきりと変化する[3]:2, 5。 このビエノールの自転周期は、測定した明るさの時間変化をプロットした光度曲線から決定され、この手法が最初にビエノールに適用されたのは2001年だが[26]、天文学者がビエノールの正しい自転周期は約9時間であると把握したのは2003年になってからである[27]:1151。 ビエノールが1回自転する間、光度曲線には異なる明るさの極大と極小のペアが2つ現れ、その2つの極小値は0.1等ほどの違いがある[8]:11。 これはビエノールが不規則な形状をしているか、ビエノールの極付近の表面のアルベドが変動しているか[4]:4157、未知の環や衛星が存在することが原因の候補に挙がっている[3]:9。
ビエノールは地球の軌道面(黄道)に対して順行方向に自転し、その自転軸の北極は黄道座標で(λ, β) = (35°, +50°)の方向を向いている[3]:10。これは黄道に対して30度ほどの赤道傾斜角に変換できる[注釈 6]。 ビエノールの自転軸は恒星の掩蔽や長期にわたるビエノールの光度曲線の観測で決定された[3]。 特に、ビエノールの光度曲線の明るさの変化量、振幅は、ビエノールの自転を観測する地球からの視野角が徐々に変化したことで、2001年から2016年にかけて徐々に減少した[4]:4152。ビエノールの光度曲線の振幅は2001年には0.6等だったが、極の方向がほとんど地球方向を向いた2015年には0.08等と最小になった[4]:4152, 4156。ビエノールの光度曲線の振幅は2030年頃、ビエノールの赤道面が地球の視線方向に沿うようになり、真横から観測する形になるため最大に達する[4]:4156。
表面の色と組成

ビエノールの幾何アルベドは6.5%しかなく、暗い色をした天体である[3]:2, 10。 太陽の可視光に対してのスペクトルは偏りがなく[3]:2[注釈 7]、灰色をしている[6]:181[29]。 可視光に基づくビエノールの色から、天文学者はこの天体を太陽系外縁天体のBR(blue-red)型[7]、ケンタウルス族天体の"dark-neutral"グループに分類している[3]:1。 ビエノールは数百万年以内に太陽系外縁天体の位置から現在の軌道に移動したとされるため、ビエノールの表面は太陽系外縁天体と似ていると予想される[8]:1。 地上望遠鏡からの近赤外線での分光観測では、ビエノールの表面に水の氷が検出されている[3]:2。 2009年のビエノールの近赤外分光観測では表面の13%が水の氷の結晶で構成され、その粒の大きさは39 µmであり[30]:278、水の氷の濃度は年々変化して観測されるがこれは地球からビエノールを観測する角度が異なるためである[4]:4157。 ビエノールの表面組成の残りは有機化合物であると考えられている[13]:413。 2024年3月14日にはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が中間赤外線でビエノールの分光観測を宇宙から行っている[31]:2。
リングや衛星の存在可能性
ビエノールはカリクローのように環を持つという特徴を持っているのではないかと期待され、天文学者の関心を集めてきた[4]:4147[8]:1。 2017年にEstela Fernández-Valenzuela率いる研究者チームがビエノールを囲む細い氷の環によって、ビエノールの面積等価直径と放射測定での直径の差、絶対等級の長期変化、水の氷の濃度変化といった特有の特徴について説明できるとする説を提唱した[4]:4156–4157[8]:10。 また、こうした特徴は環以外に衛星の存在でも説明できる可能性もある[3]:2, 10[8]:11。 2019年から2024年にかけての恒星の掩蔽観測では環や衛星の兆候は観測できなかったが、その観測結果だけでそれらの存在が完全に否定されるわけではなく[3]:10[8]:10[24]、たとえば環が細すぎたり透明度が高すぎると、たとえ環が存在していたとしても掩蔽観測では検出できない。2019年の掩蔽観測の結果からは、ビエノールの周囲の環が不透明度100%の場合1.7km、不透明度50%の場合は3.4kmよりも細い環の存在は否定できない[8]:10–11。 一方、ビエノールを公転する未知の衛星については観測から直接の手掛かりや制約値は得られていない[3]:10。
直接探査のコンセプト
ビエノールに宇宙探査機を送る計画はNASAが2008年から2011年にかけて議論したケーススタディーの中で、仮設上の放射性同位元素電気推進ロケットでケンタウルス族を探査するミッションの対象として登場した[32]:6[33]:71。 ビエノールは当初、このケンタウルス族天体周回軌道ミッションのターゲットの候補になっていたが、ミッションにより適合する(32532) テレウスにとって代わられた[32]:6[33]:17, 71。 NASAの2023年の惑星科学ディケイダルサーベイでは、ケンタウルス族天体探査ミッションとしてコンセプトが発表されたCentaur ORbiter And Lander(CORAL)においてビエノールはカリクローやキロンに並ぶ最有力候補の目的地だった[22]:10。 しかしその後、よりアクセスしやすいターゲット天体として(433873) 2015 BQ311が浮上したため、それらの3天体は全て候補から外れた[22]。
ギャラリー
関連項目
- (95626) 2002 GZ32 既知の最大のケンタウルス族天体の1つで、ビエノール同様細長い形状と暗い表面をもつことで知られる[25]。