1983年東京都知事選挙
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エピソード
現職の鈴木俊一は2期目を目指して立候補。一方、前回の選挙戦を超大物の太田薫で敗北した革新側は、日本社会党委員長の飛鳥田一雄らが社会民主連合代表の田英夫の擁立を画策(社公民路線)したものの、連合東京などから強硬に反対(社共共闘派)され、田の擁立は見送られた。その後、総評事務局長富塚三夫の仲介で「社共共闘を維持するために選挙運動は最小限しか行わない」という珍協約の下、毎日新聞論説委員の松岡英夫が統一候補に推され、鈴木の対抗として立候補した。
古賀裕也は日本自由民主党[1]公認で立候補を表明。常連候補では赤尾敏が8回目、深作清次郎と南俊夫は4回目の都知事選出馬。タクシー運転手の高橋満も無所属で初挑戦した。
さらに、1980年代後半にミニ政党軍団の台風の目になる東京都水道局職員の福田拓泉は、木本幸雄率いる日本国民権利擁護連盟の公認で初出馬した。
- 松岡の応援演説に立った小田実が社共両党幹部の眼前で「既成政党批判」を敢行したため、日本共産党と小田が決裂する一件も起きた(その後和解)。
- 保谷市在住の政治運動家岩崎筆吉は、第31回衆議院議員総選挙、第8回参議院議員通常選挙のほかに地元の保谷市長選挙などに立候補歴があるが、保谷市長や市役所内部のスキャンダラスなゴシップを選挙公報[2]に書き連ねて物議を醸した。
立候補者
12名、届け出順
| 立候補者名 | 年齢 | 新旧 | 党派 | 肩書き |
|---|---|---|---|---|
| 鈴木俊一 (すずき しゅんいち) | 72 | 現 | 無所属 (自民党、民社党、公明党、新自由クラブ 推薦) | 東京都知事、全国知事会会長、元自治省次官 |
| 赤尾敏 (あかお びん) | 84 | 新 | 大日本愛国党 | 大日本愛国党総裁、元代議士 |
| 東郷健 (とうごう けん) | 50 | 新 | 無所属 (雑民の会 推薦) | 出版社役員 |
| 松岡英夫 (まつおか ひでお) | 70 | 新 | 無所属 (社会党、共産党 推薦) | 政治評論家 |
| 古賀裕也 (こが ひろや) | 43 | 新 | 日本自由民主党[1] | 会社役員 |
| 岩崎筆吉 (いわさき ふできち) | 54 | 新 | 無所属 | 電気工事業 |
| 福田拓泉 (ふくだ たくせん) | 55 | 新 | 日本国民権利擁護連盟 | 東京都水道局職員 |
| 高橋満 (たかはし みつる) | 38 | 新 | 無所属 | 元私鉄社員 |
| 赤石貞治 (あかいし ざだはる) | 54 | 新 | 日本国民政治連合 | 政治団体代表 |
| 南俊夫 (みなみ としお) | 71 | 新 | 世界連邦政府創設委員会 | 政治団体役員 |
| 深作清次郎 (ふかさく せいじろう) | 71 | 新 | 無所属 (日本青年社、同結社 推薦) | 著述業 |
| 前田保 (まえだ たもつ) | 70 | 新 | 人類幸福党設立準備委員会 | 貸家業 |
