2011年青森県知事選挙
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現職の三村申吾の任期満了に伴う知事選挙。現職で3期目を目指す三村と、新人で元県議会議員の山内崇、同じく新人で共産党公認の吉俣洋の3氏による選挙戦となった。
各政党の対応は、共産党が吉俣を党公認候補として擁立[1]。山内は、県連からの出馬要請を受けた政権与党の民主党[2]と同党と連立を組んでいる国民新党の2党からそれぞれ推薦を受けて立候補[3]。野党の自民党は現職の三村を前回に続いて推薦した[4]。公明党も三村を推薦した[5]。
独自候補擁立を目指していた社民党は候補者の具体名がなかなか挙がらず、最終的に独自候補擁立を断念[6]。前回に続いて自主投票とした[7]。この他、県医師連が三村の推薦を決定し、連合青森と県農政連(JA)は自主投票の方針を決めた。[8][9][10]
同選挙では、元五戸町議の大久保利夫が立候補を表明したが、出馬を取り止め風間浦村長選挙への鞍替えを行った。鞍替え出馬した村長選では3候補中得票数3位で落選している。
選挙データ
立候補者
5月19日の立候補届出締め切りまで立候補を届け出たのは以下の3名である。立候補届け出順。[13]
| 候補者名(読み) | 年齢 | 党派 | 肩書き |
|---|---|---|---|
| 山内崇 (やまうち たかし) | 56 | 無所属 (民主党、国民新党 推薦) | 民主党県連幹事長、元青森県議会議員 |
| 三村申吾 (みむら しんご) | 55 | 無所属 (自民党、公明党 推薦) | 青森県知事、元衆議院議員 |
| 吉俣洋 (よしまた よう) | 37 | 日本共産党 | 共産党県委員会書記長 |
選挙のタイムライン
- 2010年11月29日 - 現職の三村が、県議会の答弁で3選をめざし出馬を表明。[14]
- 2011年1月10日 - 民主党県連が青森市内のホテルで議員団会議を開き、山内に出馬を要請することを決定。山内はこの時点での回答を保留した。[2]
- 2011年1月13日 - 吉俣が県庁で会見を開き、共産党公認で立候補することを表明。[1]
- 2011年1月14日 - 自民党本部が三村の推薦を決定。[4]
- 2011年1月22日 - 山内が青森市内のホテルで会見を開き正式に出馬表明。[15]
- 2011年2月1日 - 民主党本部が常任幹事会を開き、山内の推薦を決定。[3]
- 2011年2月7日 - 元五戸町議の大久保利夫が県庁で会見を開き、知事選に無所属で出馬する意向を表明。[16]
- 2011年2月10日 - 公明党が中央幹事会を開き、三村の推薦を決定。[5]
- 2011年2月27日 - 社民党県連はマスコミの取材に対し、独自候補擁立を断念する意向であることを表明。[6]
- 2011年3月3日 - 連合青森が自主投票を決定。[9]
- 2011年3月11日 - 東北地方太平洋沖地震が発生。
- 2011年4月16日 - 立候補を表明していた大久保が知事選出馬を撤回し、同19日告示・24日投開票の風間浦村長選挙に鞍替え出馬することを表明。[17](その後大久保は風間浦村長選で落選している)[18]
- 2011年5月7日 - 社民党県連は青森市内で常任幹事会を開き、自主投票とすることを決定。[7]
- 2011年5月18日 - 県農政連が自主投票を決定。[10]
- 2011年5月19日 - 告示。現職と新人2人による争いに。[19]
- 2011年5月20日 - 県医師連が三村の推薦を決定。[8]
- 2011年6月5日 - 投開票。
