AMAスーパーバイク選手権
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概要
1970年代のアメリカでは"フォーミュラ750"というレースが存在していたが、2ストロークのヤマハ・TZ750が完全に制圧しており、"フォーミュラ・ヤマハ"と揶揄されるレベルで独占状態であった。そのため、車種の豊富な市販車両をベースとした4ストロークエンジン車によるレースが考案され、当選手権が開催されることとなった。
レースの模様は1980年代中盤までVHSビデオソフト化などはされていたものの日本でのテレビ放送は無かったため、シリーズの知名度は高くなかったが、鈴鹿8時間耐久レースにおいてウェス・クーリー、マイク・ボールドウィン、デビッド・アルダナらAMAでビッグバイクを操る経験豊富なライダーがハイレベルの走りを日本で披露し好成績を挙げ[1]、フレディ・スペンサーやエディ・ローソン[2]のWGP進出後の活躍により、彼らを輩出した本選手権の注目度も高まりを見せる[3]。以後もウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツ[4]がAMAスーパーバイクでの活躍後に欧州へ渡り、WGP500で優勝を争った。
当選手権のコンセプトは欧州に持ち込まれ、1988年よりスーパーバイク世界選手権(WSBK)が開始された。日本での全日本ロードレース選手権も1994年度からは「スーパーバイククラス」が最上位カテゴリーとして開催されるようになった[5]。
本シリーズ出身でMotoGP王者を獲得したニッキー・ヘイデンや、スーパーバイク世界選手権で王者となったフレッド・マーケル、ダグ・ポーレン、コーリン・エドワーズ、ベン・スピーズなど欧州でも成功キャリアを築いた選手を輩出しているが、2010年代中盤以後は欧州に進出するアメリカ人ライダーが少なくなっており、危機感を抱いたAMAがFIM(国際モーターサイクル協会)と提携し、2015年に同シリーズを"MotoAmerica"へと改名したことで一つの時代を終えている。
日本人ライダーでは1970年代にカワサキの和田将宏、阿部孝夫が参戦し、1980年のデイトナ200にはカワサキ車をベースとした「モリワキ・モンスター」で参戦した徳野政樹が4位の好成績を挙げた。1984年にはヤマハから参戦した平忠彦がデイトナ200で5位に入賞。1986年にヨシムラ・スズキの辻本聡がデイトナ200のヒートレース(80マイル)で表彰台を獲得[6]などの結果を残した。1993年には宗和孝宏がシリーズのルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。2005年には民辻啓がスーパーストッククラスに参戦している。
ポイントシステム
- 1位-30、2位-25、3位-21、4位-18、5位-16、6位-15…20位-1、PP-1
歴代チャンピオン
| 年 | ライダー | メーカー |
|---|---|---|
| 1976年 | レグ・プリッドモア | BMW |
| 1977年 | レグ・プリッドモア | カワサキ |
| 1978年 | レグ・プリッドモア | カワサキ |
| 1979年 | ウェス・クーリー | スズキ |
| 1980年 | ウェス・クーリー | スズキ |
| 1981年 | エディ・ローソン | カワサキ |
| 1982年 | エディ・ローソン | カワサキ |
| 1983年 | ウェイン・レイニー | カワサキ |
| 1984年 | フレッド・マーケル | ホンダ |
| 1985年 | フレッド・マーケル | ホンダ |
| 1986年 | フレッド・マーケル | ホンダ |
| 1987年 | ウェイン・レイニー | ホンダ |
| 1988年 | ババ・ショバート | ホンダ |
| 1989年 | ジャミー・ジェームズ | スズキ |
| 1990年 | ダグ・チャンドラー | カワサキ |
| 1991年 | トーマス・スティーブンス | ヤマハ |
| 1992年 | スコット・ラッセル | カワサキ |
| 1993年 | ダグ・ポーレン | ドゥカティ |
| 1994年 | トロイ・コーサー | ドゥカティ |
| 1995年 | ミゲール・デュハメル | ホンダ |
| 1996年 | ダグ・チャンドラー | カワサキ |
| 1997年 | ダグ・チャンドラー | カワサキ |
| 1998年 | ベン・ボストロム | ホンダ |
| 1999年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2000年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2001年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2002年 | ニッキー・ヘイデン | ホンダ |
| 2003年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2004年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2005年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2006年 | ベン・スピーズ | スズキ |
| 2007年 | ベン・スピーズ | スズキ |
| 2008年 | ベン・スピーズ | スズキ |
| 2009年 | マット・ムラディン | スズキ |
| 2010年 | ジョシュ・ヘイズ | ヤマハ |
| 2011年 | ジョシュ・ヘイズ | ヤマハ |
| 2012年 | ジョシュ・ヘイズ | ヤマハ |
| 2013年 | ジョシュ・ヘリン | ヤマハ |
| 2014年 | ジョシュ・ヘイズ | ヤマハ |
| 2015年 | キャメロン・ボービエ | ヤマハ |
| 2016年 | キャメロン・ボービエ | ヤマハ |
| 2017年 | トニ・エリアス | スズキ |
| 2018年 | キャメロン・ボービエ | ヤマハ |
| 2019年 | キャメロン・ボービエ | ヤマハ |
| 2020年 | キャメロン・ボービエ | ヤマハ |
| 2021年 | ジェイク・ガニェ | ヤマハ |
| 2022年 | ジェイク・ガニェ | ヤマハ |
| 2023年 | ジェイク・ガニェ | ヤマハ |
| 2024年 | ジョシュ・ヘリン | ドゥカティ |