デビッド・アルダナ

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アルダナはそのワイルドなライディングスタイルと奇抜なレーシングウェアによって、1970年代のAMAグランドナショナル選手権において最も華やかなレーサーの一人として記憶されている[1]モトクロススピードウェイレースを含む、ほとんどあらゆるカテゴリのレースに出場経験を持つライダーである[1]

1970年、BSAのマシンでAMAグランドナショナル選手権にデビューしたアルダナは、ルーキーでありながらタイトル争いに絡む活躍を見せた[1]サクラメントのマイルレースでのクラッシュによって3戦を残してタイトルの望みを絶たれてしまったものの、3勝を挙げてランキング3位に食い込んだのである[1]。優勝かリタイヤか、という派手なレース運びは多くのファンを獲得した。

また、自らデザインした、前面に骸骨をあしらったレザースーツでも有名である。このスーツは悪趣味であるとの物議を醸し、AMAのオフィシャルはアルダナがこのスーツを着用してレースに出場するのであれば1ポイントを剥奪するとの宣言まで出した[1]

1970年代後半になるとアルダナは活躍の場をロードレースに集中させるようになった。

1975年にはロードレースにおける米英対抗戦であるトランス・アトランティック・マッチレースにアメリカチームのエースとして出場し初勝利に貢献した[2]

1975年からスズキワークスライダーとして走った後、1980年には若きエディ・ローソンのチームメイトとしてカワサキAMAスーパーバイクチームに加わった。

1981年の鈴鹿8時間耐久で優勝したホンダ・RS1000 アルダナ車

また、ホンダ・ワークスの一員としてボルドール24時間を初めとするFIM世界耐久選手権にも出場した。1981年にはマイク・ボールドウィンとのペアで鈴鹿8時間耐久レースに優勝している[3]

8耐にはその後も出場しており、1982年の豪雨の中のレースではホームストレートで転倒、濡れた路面を滑走してメインスタンド前を駆け抜けるというシーンを演じた(転倒にもかかわらずレースは6位完走)[4]

アルダナはいくつかの大きな国際レースに出場するかたわらAMA選手権で通算4勝を挙げ、1999年にはAMAモーターサイクル殿堂入りを果たした[1]

戦績

鈴鹿8時間耐久オートバイレース

チーム ペアライダー 車番 マシン タイヤ 予選順位 予選タイム 決勝順位 周回数
1979 ホンダ・アメリカ デイル・シングルトン 5 ホンダ・CB900 D 5 2'20”67 Ret 138
1980 モリワキレーシング デビッド・エムデ 16 カワサキ・Z1 D 2 2'17”69 Ret 74
1981 ホンダ・フランス マイク・ボールドウィン 1 ホンダ・RS1000 D 6 2'18”34 1位 199
1982 Team 伊太利屋SPORT ヨシムラR&D ウェス・クーリー 12 ヨシムラ・TESTAROSSA1000R D 4 2'18”41 6位 116
1983 MOTO ELF クリスチャン・ル=リアール 8 elf-e ホンダ D 9 2'28”55 Ret 32
1984 ヤマモトレーシング Bruce Sass 10 ホンダ・VF750F 61 2'39”80 Ret 34
1986 NICOLE ミントレーシング of Japan ジョン・A・ロング 9 BMW・K75 DNQ -
1988 TEAM NICOLE デビッド・デボー 31 BMW・K75R M -

脚注

関連項目

外部リンク

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