ババ・ショバート
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略歴
1985年から1987年まで3年連続AMAグランドナショナル・ダートトラックチャンピオンとなり、1988年にはアメリカ・ホンダからAMAスーパーバイクに参戦してチャンピオンになった。
1989年にホンダからロードレース世界選手権500ccクラスに参戦を開始する。しかし、ショバートのグランプリキャリアはわずか3戦で終わりを迎えることになった。
ラグナ・セカで開催された第3戦アメリカグランプリでチェッカーが振られた後、4位でフィニッシュしたケビン・マギーがクールダウンラップ中にコース中央でバーンアウトをしてタイヤスモークを上げていところに、レース後に並走してエールを贈りあっていた9位のショバートと3位のエディ・ローソンが通りかかった。ローソンはかろうじて避けることができたが、ショバートは100mph(約160km/h)以上のスピードでマギーに激突した。[1][2]
この事故で頭部に重傷を負ったショバートは何ヶ月にも渡るリハビリの末に回復することができたが、二度と自身がレースに出場することはなく、その後はいくつかのAMAグランドナショナル・ダートトラックのチームで監督をつとめた。
1998年にAMAモーターサイクル殿堂入り。