Pbv 301
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開発
1950年代に入ると第二次世界大戦当時の設計であったTgbil m/42 KPは、路外機動力を欠き、装甲が薄く、とりわけオープントップであったため榴弾砲などの破片に対する防護に支障があった[1][2]。他方、第二次世界大戦当時の軽戦車を余剰車両として抱えており、その再利用手段の一つとして 装甲兵員輸送車への改装が行われることになった[1]。
十分な台数を保有していた戦車はStrv m/41のみであったため、これを改造することとなった。1959年より試作車両をヘグランド(スウェーデン語: Hägglunds)7両とランズベルク(スウェーデン語: Landsverk)3両の計10両を2社が競作したが、試験中の1960年6月に労働市場などを考慮してヘグランド案が採用された[1][2]。
220両全てのStrv m/41が改造されることになり、1963年4月までに185両が標準型のPbv 301装甲兵員輸送車に、20両がPbv 3011装甲指揮車(スウェーデン語: Stridsledningspansarbandvagn)に、15両がPbv 3012装甲観測車(スウェーデン語: Eldledningspansarbandvagn)にそれぞれ改造された[1]。
性能
エンジンは航空機用のエンジンであるスヴェンスカ・フリューグモートルB44に換装され、元のエンジンルームに兵員8名を収容した[2]。兵員は後方あるいは上部のハッチを用いることが可能であった[1]。
武装は機関銃を搭載可能とする計画もあったが、主砲としてJ21Rに搭載されていたボフォース製20mm機関砲 m/45を再利用することになった[1][2]。
渡河能力は限定的であり、深さ1.5mまで対応しているものの、急流を越えることは困難であった[2]。
アンテナは指揮車両を暴露しないために全車が4本装備していたが、後に通信装置のアップグレードによって指揮車両以外のアンテナ数が2本となり外見で区別がつくようになってしまった[1][2]。