アナバー
From Wikipedia, the free encyclopedia
| アナバー | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1992年3月13日 |
| 死没 | 2009年7月6日(17歳没) |
| 父 | Danzig |
| 母 | Balbonella |
| 母の父 | ゲイメセン |
| 生国 |
(ケンタッキー州) |
| 生産者 | ゲインズボローファーム |
| 馬主 | A.ヘッド夫人 |
| 調教師 | C.ヘッド(シャンティイ) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 |
13戦8勝(総合) 12戦7勝(フランス) 1戦1勝(イギリス) |
| 獲得賞金 |
173万9600フラン(フランス) 9万558ポンド(イギリス) |
アナバー (Anabaa) とはアメリカ合衆国で生産された競走馬であり、引退後はフランスのケスネー牧場で繋養されていた種牡馬である。アレック・ヘッド一族を代表する馬で、競走馬時代の馬主は妻のジスライン・ヘッド、管理調教師は娘のクリスティアーヌ・ヘッド、主戦騎手は息子のフレディ・ヘッドが務めた。
競走馬時代
1995年(3歳時)7月に競走馬デビュー戦を迎え、デビュー戦は2着だったが、その約4週間後のデビュー2戦目で初勝利を挙げた。その後のレースで1着、4着となり、初のG1競走挑戦となったフォレ賞に出走したが6着という結果に終わった。そして次の準重賞で3着となり2歳戦を終えて休養に入った。
1996年(4歳時)3月に実戦復帰し、準重賞を連勝した。次のサンジョルジュ賞(G3)を制して重賞競走初勝利を挙げると、続くグロシェーヌ賞(G2)も制し、4連勝でイギリスに初遠征して挑んだジュライカップでは、ピヴォタルに次ぐ2番人気に支持されてレースを制し、5連勝でG1競走初勝利を挙げた。さらに帰国後はモーリス・ド・ゲスト賞でミエスクズサンを相手に勝利してG1競走を連勝したが、アベイ・ド・ロンシャン賞でキステナに敗れて2着となり連勝は6でストップとなり、このレースを最後に競走馬を引退した。
種牡馬時代
1997年からケスネー牧場で種牡馬となり、供用初年度の同年よりオーストラリアのウィッデンファームにもシャトルされていた。2007年、2008年と2年連続でフランスのリーディングサイアーとなった。2009年7月6日、疝痛の手術後に発症した急性腹膜炎のため死亡した。
自身は短距離競走で活躍したが、産駒はジョッケクルブ賞を制したアナバーブルーなど中距離でも活躍している。さらに前述のアナバーブルーは種牡馬入りしており後継種牡馬を残している。ゴルディコヴァはブリーダーズカップマイル3連覇などヨーロッパ歴代最多のG1 14勝をあげている。シャトル先のオーストラリアで生まれた産駒もG1競走を制す活躍をみせている。日本にも数が少ないが数頭の産駒が輸入されており、2004年にホットテーブルが中央競馬で産駒の初勝利を記録している。また、フランス調教馬のアナマリーが2003年に日本へ遠征し、エリザベス女王杯に出走して8着となっている。
年度別競走成績
- 1995年(3歳) 6戦2勝
- 1996年(4歳) 7戦6勝
- 1着 サンジョルジュ賞(G3)、グロシェーヌ賞(G2)、ジュライカップ(G1)、モーリス・ド・ゲスト賞(G1)
- 2着 アベイ・ド・ロンシャン賞
- 1996年カルティエ賞最優秀短距離馬