アルフリート・ヘーガー
From Wikipedia, the free encyclopedia
他の多くのドライバーと同じくF3やF3000で活躍した後、ツーリングカーレースで活躍しており、旧ドイツツーリングカー選手権やドイツ・スーパーツーリング選手権 (STWカップ)、ヨーロッパツーリングカー選手権などに参戦。1987年のヨーロッパツーリングカー選手権ではチームメイトのヴィンフリート・フォクトに次ぐシリーズランキング2位を獲得した。1988年からは旧ドイツツーリングカー選手権にBMW・M3で参戦を開始。この年2レースで優勝し、シリーズ8位を記録。BMWが撤退した1992年までこのレースに参戦を続けた。
BMWのDTM撤退後の翌1993年はポルシェ・カレラカップドイツとポルシェ・スーパーカップに出場。スーパーカップではシリーズチャンピオン。カレラカップドイツではシリーズ2位を獲得するなど好成績を残した。
STWカップには開催初年度の1994年からBMWで参戦し、レッドブル・リンクで優勝を収めて全戦で完走を果たした。1995年はこれまで在籍したBMWを離れてアウディで参戦するチーム・シュナイダーに移籍。ハンス=ヨアヒム・スタックと終盤チームに加わったリナルド・カペッロがチームメイトとなった。この年も優勝こそなかったが、全戦で完走を果たしポイントを獲得。2位を2回、3位を1回記録してシリーズ5位と安定的な成績を残している[1]。
1996年度はこの年参入したプジョーのワークスドライバーとして参戦。ヘーガーは実戦投入されたばかりのマシンである406の開発に苦労した。年間ランキングは11位と総じて悪くは無かったが、数回優勝してランキング3位を獲得したチームメイトのローレン・アイエロに対してはやや見劣りしてしまう結果となった。1997年シーズンはホンダに移籍してアコードをドライブ。チームメイトのマルコ・ヴェルナーは表彰台に数回登ったものの、リタイアが多くランキング19位と振るわなかったのに対してヘーガーは堅実な走りでヴェルナーを上回るランキング12位と健闘した。
1998年以降はツーリングカーからFIA GT選手権やFIA GT1世界選手権などのGTレースに切り替えて参戦。後者のレースでは自らが立ち上げたチームから参戦した。
ヘーガーはル・マン24時間レースやスパ・フランコルシャン24時間レース、ニュルブルクリンク24時間レースなど国際的な耐久レースにも多数参戦。豊富な経験を持つ。特にニュルブルクリンク24時間レースでは1990年と2000年に2度総合優勝を果たしている[2]。現在はチームオーナーとして活躍する他、ポルシェカレラカップドイツの主催者として2004年から2019年まで関わっていた。