ニッキー・ティーム

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生年月日 (1989-04-17) 1989年4月17日(36歳)
ニッキー・ティーム
ニッキー・ティーム(2015年)
基本情報
国籍  デンマーク
生年月日 (1989-04-17) 1989年4月17日(36歳)
出身地  デンマークスナボー
親族 クルト・ティーム (父)
FIA 世界耐久選手権での経歴
デビュー 2013
所属 アストンマーティン・レーシング
車番 95
出走回数 46
優勝回数 11
ポールポジション 12
シリーズ最高順位 1st (2016, 2019-20)
過去参加シリーズ
2011-12, 14-15
2011-14
2009-15
2007-08
ADAC GTマスターズ
ポルシェ・スーパーカップ
ポルシェ・カレラカップ・ドイツ
セアト・レオン・スーペルコパ・ドイツ
選手権タイトル
2016, 2019-20
2013
2008
2006
GT FIA 世界耐久ドライバーズ選手権
ポルシェ・スーパーカップ
セアト・レオン・スーペルコパ・ドイツ
デンマーク・フォーミュラ・フォード選手権

ニッキー・ティームNicki Thiim, 1989年4月17日 - )はデンマークスナボー出身のレーシングドライバー。2013年のポルシェ・スーパーカップ王者。2013年よりアストンマーティン・レーシングからFIA 世界耐久選手権(WEC)に出場しており、2016年、2019-20年にはマルコ・ソレンセンと共にGTクラスのドライバーズ選手権のチャンピオンを獲得している。

1980年代から90年代にかけてツーリングカーを中心に活躍し、1986年のドイツツーリングカー選手権のチャンピオンであるクルト・ティームは父。

初期の経歴

ティームは10歳でカートを始め、2004年にデンマーク・フォーミュラ・フォード選手権に参戦して四輪レースデビューを果たした。2006年に同選手権でチャンピオンを獲得すると、翌年からはツーリングカーレースに転向し、GAG・レーシングチームからセアト・レオンのワンメイクレースであるセアト・レオン・スーペルコパ・ドイツに参戦した。参戦2年目の2008年には8勝を挙げてチャンピオンを獲得している。

ポルシェカップ

2014年のポルシェ・カレラカップ・ドイツに参戦するティーム。

ティームは2009年に、アテンプト・レーシングチームからポルシェ・カレラカップ・ドイツに参戦を始めた。ザントフォールト戦で初の表彰台を獲得し、ランキング5位で最初のシーズンを終えた。2010年は同選手権に参戦しなかったものの、翌年には再びアテンプト・レーシングチームから復帰し、第4戦ラウジッツリンクで初優勝を飾った。

2012年からはポルシェ・スーパーカップにも本格的に参戦を始めた。参戦2年目となった2013年には、最終ラウンドを残して首位のシーン・エドワーズに次ぐランキング2位に着けていたが、10月にエドワーズはクイーンズランド・レースウェイでクラッシュのために亡くなった[1]。ティームはアブダビで行われた終盤2戦をいずれも優勝でレースを終え、この結果、エドワーズを22ポイント上回ってこの年のポルシェ・スーパーカップのチャンピオンを獲得した。

翌年もジェフリー・シュミットに代わってウォルター・レヒナー・レーシングから4戦目以降のポルシェ・スーパーカップに途中参戦し、2勝を挙げたほか、カレラカップ・ドイツには2015年まで参戦を続けた。

スポーツカー

ティームは2009年から2011年にかけて、フォルクスワーゲン・モータースポーツのドライバーとして、バイオ燃料を使用するフォルクスワーゲン・シロッコをドライブしてニュルブルクリンク24時間レースに出場した。このうち、2009年にはSP3Tクラスで優勝を果たしている。

2013年のニュルブルクリンク24時間レースにティームはベルント・シュナイダージェロエン・ブリークモレンシーン・エドワーズと共にメルセデス・ベンツ・SLS AMG GT3を使用するブラックファルコン9号車に乗り込み、雨のために9時間以上の中断を挟んだレースで総合優勝を果たした。この勝利はメルセデスにとって初のニュルブルクリンク24時間レースでの勝利であった[2]

2014年から15年にかけ、ティームはポルシェ・カレラカップ・ドイツと並行して、アウディ・R8 LMSを使用するW・レーシングチームアプト・スポーツラインから、ADAC GTマスターズやニュルブルクリンク24時間レースに出場した。2015年にはクリストファー・ミースクリスチャン・マメロウと共に、スパ24時間レースで3位を獲得している[3]

アストンマーティン(2013-)

2013年のル・マン24時間レースで事故死したアラン・シモンセンに代わり、アストンマーティン・レーシングよりLMGTE Amクラスに起用された[4]。ティームはインテルラゴス戦以降、ポルシェ・カレラカップ・ドイツと日程が重なった富士を除くすべてのレースに参戦し、最終戦バーレーン6時間レースではクラス優勝を飾った。翌年もLMGTE Amクラスに参戦し、リッチー・スタナウェイと出場するレースを分担して、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンクリスティアン・ポールセンという2人のデンマーク人と共にクラス4勝を挙げた。

2015年には、LMGTE Proクラスに出場するマルコ・ソレンセンクリストファー・ニギャルドの「デーン・トレイン」コンビに第三ドライバーとして加わり、ル・マンを含む3戦に出走した[5]。ル・マンでは序盤に予選5番手からトップに躍り出たものの、パワーステアリングのトラブルの修復に時間を要し、クラス首位から4周遅れの7位でレースを終えた[6]

2018年のシルバーストーン6時間レースにて

2016年も引き続きソレンセンと共に95号車をドライブしたが、ティームにとって初めてシリーズの全戦に参加したシーズンとなった[7]。この年よりタイヤサプライヤーがミシュランからダンロップに変更され、アストンマーティンに最適化されたタイヤが供給された利点を生かし、第6戦オースティンで優勝したほか、シーズンを通して表彰台を安定して獲得し、最終戦バーレーンでも勝利してLMGTE Proクラスのタイトルを獲得した[8]

2018年からは市販車のモデルチェンジに合わせ、新型のアストンマーティン・ヴァンテージがWECに投入された[9]。しかし、バランス・オブ・パフォーマンス(BOP)に加え、再びミシュランにタイヤサプライヤーを変更したことが響き、とりわけ前半戦は他メーカーに比べてマシンの競争力に欠け、ティーム、ソレンセン組の勝利は悪天候となった上海戦のみにとどまった[10]

翌シーズンに向けて、アストンマーティンはタイヤの開発を重点的に行った。これが功を奏し、10月の富士戦でドライコンディション下での初勝利を収めると、バーレーンとオースティンでもクラス優勝を果たして、ソレンセンと共に自身二度目のチャンピオンに輝いた[11]。加えて、僚友の97号車と共にアストンマーティンの初のマニュファクチャラーズタイトル獲得にも貢献したが、このシーズンを最後にWECのGTE Proクラスから撤退した同社にとって、これが唯一のマニュファクチャラーズタイトルとなった。

レース戦績

脚注

外部リンク

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