カイル・ブランクス

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生年月日 (1986-09-11) 1986年9月11日(38歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
285 lb =約129.3 kg
カイル・ブランクス
Kyle Blanks
サンディエゴ・パドレス時代
(2013年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州セラーズビル
生年月日 (1986-09-11) 1986年9月11日(38歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
285 lb =約129.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2004年 ドラフト42巡目(全体1241位)でサンディエゴ・パドレスから指名
初出場 2009年6月19日 オークランド・アスレチックス
最終出場 2015年6月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

カイル・ナサニエル・ブランクス (Kyle Nathaniel Blanks, 1986年9月11日 - ) は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州セラーズビル出身の元プロ野球選手一塁手外野手)。右投右打。

パドレス時代

2004年MLBドラフトサンディエゴ・パドレスから42巡目(全体1241位)指名され、5月28日に契約。

2005年、傘下のルーキー級アリゾナリーグ・パドレスでプロデビュー。48試合に出場し、打率.299、7本塁打、30打点、3盗塁だった。

2006年はA級フォートウェイン・ウィザーズで86試合に出場し、打率.292、10本塁打、52打点、2盗塁だった。

2007年はA+級レイクエルシノア・ストームで119試合に出場し、打率.301、24本塁打、100打点、11盗塁だった。

2008年はAA級サンアントニオ・ミッションズで132試合に出場し、打率.325、20本塁打、107打点、5盗塁だった。

2009年はAAA級ポートランド・ビーバーズで開幕を迎え、66試合に出場。打率.283・12本塁打・38打点だった。6月19日クリフ・フロイド故障者リスト入りしたため、パドレスとメジャー契約を結んだ[1]。同日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビュー。9回に代打として出場したが、三振に終わった。その後は外野のバックアップとして定着したが、8月29日に右足の故障で15日間の故障者リスト入りし[2]、そのままシーズンを終えた。この年は54試合に出場し、打率.250、10本塁打、22打点、1盗塁だった。

2010年3月3日にパドレスと1年契約に合意[3]。三塁手のケビン・クーズマノフが1月にアスレチックスへ移籍したため、左翼手のチェイス・ヘッドリーが三塁に転向。空いた左翼のポジションを獲得することに成功したが、4月は打率.191と結果を残せず、5月に入っても打率1割台が続いた。5月20日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りし[4]7月28日トミー・ジョン手術を受けることが必要となったため[5]7月29日に60日間の故障者リストへ異動した[6]。その後は故障から復帰できず、そのままシーズンを終えた。この年は33試合に出場し、打率.157、3本塁打、15打点、1盗塁だった。

2011年2月27日にパドレスと1年契約に合意[7]3月29日に前年の手術の影響で15日間の故障者リスト入りした[8]4月26日に故障者リストから外れ、AA級サンアントニオへ降格した[9]7月22日にメジャーへ昇格[10]。昇格後は左翼手の他、本職の一塁手としても起用された。この年は55試合に出場し、打率.229、7本塁打、26打点、2盗塁だった。

2012年3月8日にパドレスと1年契約に合意[11]。開幕ロースター入りし、開幕後は主に代打として4試合に出場したが、4月14日に左肩の故障で15日間の故障者リスト入りした[12]5月2日に60日間の故障者リストへ異動し[13]、残りのシーズンを全休した。この年は故障で4試合の出場にとどまり、打率.200に終わった。オフの11月2日に故障者リストから外れた[14]11月19日にパドレスと1年契約に合意した。

2013年3月29日にAAA級ツーソン・パドレスへ配属され、開幕を迎えた。開幕後はAAA級ツーソンで8試合に出場し、打率.296・1本塁打・4打点だった。4月14日にメジャーへ昇格[15]。その後は外野と一塁のバックアップとして定着し、67試合に出場していたが、7月12日にアキレス腱炎で15日間の故障者リスト入りした[16]8月31日に復帰[17]。この年は自己最多の88試合に出場し、打率.243、8本塁打、35打点、1盗塁だった。

2014年1月17日にパドレスと1年契約に合意した[18]。3月29日にAAA級エル・パソ・チワワズへ配属され[19]、開幕を迎えた。5月5日にメジャーへ昇格[20]。昇格後は5試合に出場し、打率.200と結果を残せず、5月13日にAAA級へ降格した。

アスレチックス時代

2014年5月15日ジェイク・ゴーバートとのトレードでアスレチックスへ移籍した[21]。移籍後は一塁のバックアップとして起用されたが、6月24日に15日間の故障者リスト入りした[22]8月24日に60日間の故障者リストへ異動し[23]、そのままシーズンを終えた。アスレチックスでは21試合に出場し、打率.333、2本塁打、7打点。2球団合計では26試合に出場し、打率.309、2本塁打、7打点だった。オフの11月28日戦力外となり[24]12月2日にノンテンダーFAとなった[25]

レンジャーズ時代

2014年12月16日テキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ[26]

2015年4月29日にメジャー昇格した。5月22日に毛巣洞のため15日間の故障者リスト入りし[27]、6月11日に復帰したが[28]、6月17日に両足のアキレス腱炎で再び15日間の故障者リスト入り[29]、8月7日には60日間の故障者リストに移行した[30]。8月27日にリハビリ登録のためAAA級ラウンドロック・エクスプレスに配属されたが[31]、復帰することはなく、10月21日に40人枠から外れAAA級ラウンドロックに降格した[32]。10月22日にFAとなった[33]

ジャイアンツ傘下時代

2015年11月24日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[33]

2016年は怪我のため全休した。2017年5月25日にFAとなった[33]

メキシカンリーグ時代

2017年6月13日にメキシカンリーグモンクローバ・スティーラーズと契約を結んだ。6月22日にリリースされた[33]

プレースタイル

巨漢の体格から、フランク・トーマスと比較する声もある。右打者であるが、マイナー時代は左投手よりも右投手に対して好成績を残している[34]

メジャー昇格後は主に左翼手を務めているが、本職は一塁手である。一塁のレギュラーに主砲のエイドリアン・ゴンザレスがいた頃は、パドレスがゴンザレスを放出すれば、即一塁手のレギュラーの座に収まるだろうと見込まれていた[35]。だがゴンザレスがへボストン・レッドソックスへ移籍した2011年以降、ほぼ毎年のように故障に悩まされている。

詳細成績

年度別打撃成績

















































O
P
S
2009 SD 5417214824379010762211001816554.250.355.514.869
2010 331201021416613331510001503151.157.283.324.607
2011 551901702139717692620021602513.229.300.406.706
2012 4650100012220210021.200.333.200.533
2013 88308280316814081063511022115852.243.305.379.684
2014 510101200020000000030.200.200.200.400
OAK 2156459151022270001802133.333.446.489.935
'14計 26665510171022470001802163.309.409.436.845
2015 TEX 18716710215033561000400201.313.352.522.875
MLB:7年 2789338271101994223334411162058321827514.241.322.416.738

背番号

  • 22 (2009年 - 同年途中)
  • 8 (2009年途中 - 同年終了)
  • 88 (2010年 - 2015年)

脚注

関連項目

外部リンク

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