カミッロ・マッシミ (ベラスケスの絵画)

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製作年1650年
寸法73.6 cm × 58.5 cm (29.0 in × 23.0 in)
『カミッロ・マッシミ』
スペイン語: Camillo Massimi
英語: Camillo Massimi
作者ディエゴ・ベラスケス
製作年1650年
種類キャンバス油彩
寸法73.6 cm × 58.5 cm (29.0 in × 23.0 in)
所蔵キングストン・レイシー英語版ドーセット (イングランド)

カミッロ・マッシミ』(西: Camillo Massimi: Camillo Massimi) は、バロック期のスペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1650年にキャンバス上に油彩で制作した肖像画である。バンケス (Bankes) ・コレクションの1点として、ドーセット (イングランド) にあるキングストン・レイシー英語版宮殿の「スペイン室」に所蔵されている[1]。この宮殿は周囲の広い敷地ならびに美術コレクションとともイギリスナショナル・トラストに寄贈され、1981年以来、公共の財産となっている。

本作は、1958年にエンリケタ・ハリス英語版により「モンシニョールカミッロ・マッシミ」の肖像と特定された。彼は教皇の給仕係で、アントニオ・パロミーノにより「優れた画家」と引用されている人物である。この肖像画は、ベラスケスが第二次ローマ滞在時に教皇『インノケンティウス10世の肖像』 (ドーリア・パンフィーリ美術館、ローマ) の後に描いた肖像画のうちの1点である[2]

カミッロ・アスタッリ』(1650年)、アメリカ・ヒスパニック協会、 ニューヨーク

ベラスケスは、フェリペ4世の名のもとにフレスコ画の専門画家を雇い、マドリードの旧王宮英語版を装飾するための絵画と彫刻を購入する目的で、このイタリア旅行を始めた。しかし、第一次滞在時とは異なり、今や画家として確立されていた彼は、ローマで認められること、そしてインノケンティウス10世や彼の宮廷にいた様々な人物の肖像を描くことを望んでいた。

本作は、同じ機会に描かれた『カミッロ・アスタッリ』 (アメリカ・ヒスパニック協会英語版ニューヨーク) の肖像の複製とともにナポリ副王ガスパール・メンデス・デ・アロ英語版に所有され、1687年の彼の死に際し、その財産目録に記載されている。次いでボローニャのフェルディナンド・マレスカルキ伯爵 (Ferdinando Marescalchi, 1754-1816年) に所有された後、1820年にバンケス・コレクションに収蔵された。当時、人物の名前は不詳とされ、「聖職者」として目録に記載されている[1]

作品

絵画は、ローマの最も著名な家系のうちの1つマッシミ家英語版[1]の人物カミッロ・マッシミ英語版を表しており、彼は教皇の給仕係、アマチュア画家、芸術庇護者であった。1670年の教皇クレメンス10世の即位にともない、枢機卿にも任命されている[1]人文主義者で、ウェルギリウスの『アエネーイス』の新版を著したのに加え、メダル、考古学品、そして絵画、とりわけプッサンクロード・ロラン、ベラスケスらの絵画を収集した[1]

画中の彼は、非常に高価なウルトラマリンを用いた青色の衣服を纏っている。鑑賞者を見つめているマッシミは注目すべき手法の節約により描かれ、頭部の照明に焦点が当てられている。フリアン・ガリェゴスペイン語版によれば、その照明はフェルメールに先んじる鋭敏さで、早くも肉がつき、やや皮肉的で無関心な顔を浮かび上がらせている[3]

脚注

参考文献

外部リンク

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