女性像 (ベラスケス)
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| スペイン語: Sibila con tábula rasa 英語: Female Figure | |
| 作者 | ディエゴ・ベラスケス |
|---|---|
| 製作年 | 1648年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 64 cm × 58 cm (25 in × 23 in) |
| 所蔵 | メドウズ美術館、ダラス (テキサス州) |
『女性像』(じょせいぞう、英: Female Figure)、または『タブラ・ラーサを持つシビュラ』(タブラ・ラーサをもつシビュラ、西: Sibila con tábula rasa、英: Sibyl with Tabula Rasa)は、バロック期のスペイン黄金世紀の画家ディエゴ・ベラスケスが1648年ごろにキャンバス上に油彩で制作した絵画である。1974年以来、米国テキサス州ダラスにあるメドウズ美術館に所蔵されている[1]。
画中の女性の素性は特定化されていないが、ベラスケスの1631-1632年の『シビュラ (フアナ・パチェーコの肖像?) 』[2] (プラド美術館、マドリード) との類似により一般的にシビュラであると考えられている。両作品とも、蝋板を持つ半身の女性の横顔を表している。
本作の1648年ごろという制作年は、ベラスケスの『鏡のヴィーナス』 (ロンドン・ナショナル・ギャラリー) との様式的類似性にもとづいている。両作とも喚起力に富んだ、緩い流麗な筆致を共有しているが、その筆致はベラスケスが1629-1630年と1649-1651年のイタリア滞在時に触れたティツィアーノに影響されたと一般に認められている[3]。本作は、その「控えめな優雅さ、抑制された色彩の調和、人物の開いた唇と『失われた』横顔による喚起力に富んだ詩情性」で注目される[1]。
中世のキリスト教によれば、シビュラは異教徒のローマ人にイエス・キリストの到来を警告する預言者となった。シビュラはしばしば本作のように蝋板 (または開かれた書物) とともに描かれたが、ルネサンスとバロック美術においては豪華な服装を纏い、頭に被り物をした姿で描かれた。それとは対照的に、本作の女性は乱れた髪の毛をしており、うなじに毛が垂れ、背中が露わで、比較的簡素な服を身に着けている。このことから、彼女は当時としては異例なほど自然に、預言をする一瞬の場面を捉えられたかのように表現されていると論じられてきた。彼女の肌は真珠のような白い色調で表され[4]、唇は話し出そうとするかのように開かれる一方、指は一タブラ・ラーサのようなものの上に置かれている。美術史家のシモーナ・デイ・ナーピ (Simona Di Nepi) などは、ベラスケスが古典的な主題のために普通の外見のモデルを雇い、彼らの顔貌をリアルで理想化されない方法で描く習慣があったと指摘している[3]。
多くの美術史家が本作の女性がシビュラであるという同定に疑問を呈しており、彼女が『アラクネの寓話』 (プラド美術館、マドリード) 中のアラクネ (画面前景右側) に類似していることから、代わりに絵画の擬人像であると見ている。ベラスケスが同じモデルを両作品に用いたと提唱されているが、この主張はアラクネの位置のために顔が鑑賞者から隠されているということにより、ほかの研究者からは疑問を持たれている。絵画の擬人像であることに反対する主張には、イーゼルや絵筆が欠如していることなども含まれる。女性に関するほかの提言としては、歴史のムーサであるクレイオー、またはベラスケスがイタリアで出会ったことが知られている女性画家フラミニア・トリウンフィ (Flaminia Triunfi) であるというものもある[5]。
ギャラリー
- ベラスケス『シビュラ (フアナ・パチェーコの肖像?)』 (1631年ごろ)、プラド美術館 (マドリード)。『女性像』よりも硬いが、同様の肖像画のポーズ。この絵画は19世紀に大幅に加筆され、宝石などが描き加えられた。加筆部分はベラスケスに帰属された1920年代初めに除去された。『女性像』同様に未完成であると信じられている[4]。
- ベラスケス『鏡のヴィーナス』 (1647–1651年ごろ)、ナショナル・ギャラリー (ロンドン)。『女性像』のおよその制作年は、この絵画の筆致との類似性にもとづいている。
- ベラスケス『アラクネの寓話』 (1657年ごろ)、プラド美術館 (マドリード)。