フェルディナンド・ブランダーニ
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| スペイン語: Ferdinando Brandani 英語: Ferdinando Brandani | |
| 作者 | ディエゴ・ベラスケス |
|---|---|
| 製作年 | 1650年 |
| 種類 | キャンバス、油彩 |
| 寸法 | 48.3 cm × 44.4 cm (19.0 in × 17.5 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『フェルディナンド・ブランダーニ』(西: Ferdinando Brandani、英: Ferdinando Brandani)は、バロック期のスペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1650年に制作したキャンバス上の肖像画である。以前は、『男の肖像』(おとこのしょうぞう、西: Retrato de hombre)、『いわゆる教皇の理髪師』(いわゆるきょうこうのりはつし、西: El llamado barbero del papa)と呼ばれていた。長い間、アメリカの個人蔵であったが、2003年に購入されて以来[1]、マドリードのプラド美術館に所蔵されている[1][2]。
美術史家フランチェスカ・クルティ (Francesca Curti) に同定されるまで[3]、この絵画は教皇インノケンティウス10世の宮廷内の人物、当初は道化師を表したものだと考えられていた。しかし、後に教皇の理髪師と解釈された。輝く服装によりこの仮説は支持されたが、簡素なカラーは枢機卿、あるいは権力を持つ聖職者に典型的なものではない。ベラスケスの伝記作者アントニオ・パロミーノは、この肖像画は画家の第二期ローマ滞在時に「教皇の理髪師ミケランジェロ・アウグリオ (Michel Angelo Augurio) のために」描かれたと記した。そのため、アウグリオの肖像画であると考えられたが、研究者たちは慎重を期して作品にこの題名を付与しなかった。今日、モデルは、教皇の事務局で高官として働いていたフェルディナンド・ブランダーニであることがわかっている[1][2][3]。
ブランダーニは、ベラスケスのローマ滞在を支援したスペイン人官吏フアン・デ・コルドバ (Juan de Cordoba) と親交のあった人物である[1][2]。絵画に興味を持っていたブランダーニは画商でもあり、収集家でもあった[2]。彼は、ベラスケスの卓越した描写力によって、まるで生きているかのような柔らかな肉感とその血色が表現されている。絶妙な色調の調整と、絵具を点々とのせる軽やかな筆致が駆使されており、瞳や唇の紅に見られる輝きがモデルに生命感と表情を与えている。これは、ベラスケスが最小限の筆遣いで写実的な描写を達成できる、稀有な才能に恵まれていた証拠である[2]。

本作で、ベラスケスは色数を非常に制限している一方で、非常に幅広い色調を用い、人物の顔を造形している[1]。この種の造形は、第二期ローマ滞在時の『インノケンティウス10世の肖像』 (ドーリア・パンフィーリ美術館、ローマ) や『フアン・デ・パレーハの肖像』 (メトロポリタン美術館、ニューヨーク) にも見られる。また、これらすべての作品では、顔貌を表現するため光と影が根本的な要素となっている[1]。
本作は200年以上、いくつかの個人コレクションにあったが、1909年にイギリスの一般大衆に公開された。当時、田舎の邸に所蔵されていた本作は、1936年に研究者アウグスト・L・マイヤーによりベラスケスの真作と認められた。その後、画廊経営者で著名な画商のジョルジョ・ヴィルダンスタンの家族の手に渡り、数十年の間、一家の所有であったが、2,300万ユーロでスペイン政府に売却された。
本作がベラスケスの真作であることに疑問は持たれていない。プラド美術館が購入するよりかなり前の1990年に同美術館で開かれたベラスケス展にも含まれていた。高額であったにもかかわらず、この作品を購入したことは、それまでプラド美術館にはベラスケスの第二期ローマ滞在時の作品が欠如していたことにより正当化される。同時期のベラスケスのほかの作品は、イタリア、イギリス、そしてアメリカに所蔵されている。