台所の女中 (ベラスケスの絵画)

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製作年1620-1622年ごろ
寸法55 cm × 104.5 cm (22 in × 41.1 in)
『台所の女中』
スペイン語: La mulata
英語: The Kitchen Maid
作者ディエゴ・ベラスケス
製作年1620-1622年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法55 cm × 104.5 cm (22 in × 41.1 in)
所蔵シカゴ美術館
『台所の女中とエマオの晩餐』
スペイン語: La cena de Emaús
英語: The Kitchen Maid with Supper at Emmaus
作者ディエゴ・ベラスケス
製作年1620-1622年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法55 cm × 104.5 cm (22 in × 41.1 in)
所蔵アイルランド国立美術館、ダブリン

台所の女中』(だいどころのじょちゅう、: The Kitchen Maid)、または『ムラータ』(西: Mulata)、または『料理女』(りょうりおんな、西: La cocinera)、または『台所の場面』(だいどころのばめん、: Kitchen Scene)、または『台所の女中とエマオの晩餐』(だいどころのじょちゅうとエマオのばんさん、: Kitchen Maid with the Supper at Emmaus)は、バロック期のスペインの画家ディエゴ・ベラスケスが画業初期にキャンバス上に油彩で制作した2点の絵画である。制作年については様々な可能性が提唱されてきたが、大部分の研究者は1620-1622年としている。1点はシカゴ美術館[1]、もう1点はダブリンアイルランド国立美術館に所蔵されている[2]

研究者ホセ・ロペス=レイスペイン語版は、本作がアントニオ・パロミーノによって記述されている、現存しないベラスケスの絵画と関連している可能性があると提唱した。その絵画について、パロミーノは以下のように述べている。「... 板が見え、テーブルの役割をしており、木炭火鉢とその上の沸騰し、器で覆われている鍋がある。そして、火が見え、炎と火花が見える。小さなブリキの鍋、アルカラサ英語版 (素焼きの壺)、何枚かの皿、いくつかの釉薬をかけた水差し、のある、その横のニンニク一玉。壁には、小さな籠と留め金に掛けられた布、そのほかの小さな物。そして、これらを見届けているのは水差しを持つ少年で、彼はコアフを纏っており、その質素な服装により非常に可笑しく、面白い主題を表現している」[3]

ベラスケスは、本作で仕事中のムラータ (白人と黒人の混血女性) 、または黒人[1]ムーア人[2]の若い女性を描いている。彼女の周囲には、見事に描かれた壺、水差し、臼と杵、そしてスパイス用の皺の寄った包み紙が見える[1]。彼女は、ベラスケス、あるいはベラスケスの父、あるいはベラスケスの師フランシスコ・パチェーコの家庭にいた奴隷の女性がモデルであったのかもしれない。彼らは皆、奴隷を使っていたのである[1]

ダブリンにあるヴァージョンは、1987年にアルフレッド・バイト英語版により遺贈された。1933年の洗浄により、主要人物の背後の壁上にエマオの晩餐におけるイエス・キリストの姿が現われた。シカゴの絵画は、オーガスト・L・マイヤー (August L. Mayer) によりアムステルダムジャック・ガウドスティッカー英語版の画廊で購入され、1927年に美術館に寄贈された。当時、このヴァージョンはベラスケスの真作と考えられ、バイトの作品の方は複製と見なされた。ベルナルディーノ・パントルバ (Bernardino Pantorba) やホセ・グディオル・リカルト英語版を含む数多くの研究者がこの意見に同意したが、ロペス=レイはダブリンの作品はベラスケスの真作だと認める一方、シカゴの作品に関してはその保存状態の悪さのために真作であることに疑問を呈した[4]。ベラスケスの専門家ジョナサン・ブラウン英語版はこの意見に同意し、シカゴのヴァージョンは「おそらく」ベラスケスにより描かれたと提唱した。ブラウンはまた、それが「ベラスケスの風俗画の成功にあやかりたいと願い、ベラスケスの真作の複製や別ヴァージョンを多数制作したかもしれない」ある画家によって制作された可能性も提唱した[5]

シカゴの作品は、1999年にフランク・ザカーリ (Frank Zuccari) により修復された。作品は絵具の損失にもかかわらず、最もよく保存された部分ではダブリンの作品と類似した質、あるいはいくつかの点ではより優れた質を示している。いかなる時期においても、シカゴの作品には何らかの宗教的意味、あるいは台所で仕事をするムラータの絵画以外のものであることを示唆する痕跡は発見されていない。それには、ダブリンの作品以上の技術的優越性を確かなものとする多くの特質が含まれている。少女のコアフの上部にはずっと多くの襞があり、関連する光と影の扱いはより精緻で、同様のことが前景にある皺の寄った布にも見て取れる。より優れた技術はまた、事物にあたる光の描写にも見られる。それは、女中が手に持っている釉薬をかけた陶磁器の水差しについては特にいえることで、水差しには釉薬のひび割れと、陶工の轆轤の上で形成された際の跡を見ることができる。この技術上の向上に関する可能な説明は、ベラスケスが絵画の触覚的な特質に焦点を当てるために以前の主題に戻ったということであり、それは宗教的モティーフを無視した、当時の彼の主な関心事であった[6]

この絵画への影響源として提唱されているものには、フランドルヤーコプ・マータムによる版画がある[7]。ダブリンの作品に登場するエマオの晩餐の場面により、何人かの研究者はイタリアの巨匠カラヴァッジョの影響も提唱しているが、定かではない。カラヴァッジョないし彼の同時代の画家たちの作品がセビーリャにあったかどうか、そしてベラスケスがそれらの作品に親しんでいたかどうかを確定することは難しいのである[8]

2018年に、ヒューストン美術館はこの絵画の第3のヴァージョンを発見したと公表した。それはシカゴのヴァージョンに類似しているが、左右が切断されており、ほぼ正方形の画面となっている[9]

脚注

参考文献

外部リンク

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