カリブ史

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カリブ史(カリブし)はカリブ海域西インド諸島とその周辺の関係の歴史を指す。

1700年から現在に至るまでの、中米・カリブ海地域の国境・勢力図の変化
2008年現在のカリブ海地域、国別色分け地図

概要

アメリカ大陸部同様に先住民としてインディオが居住し、その歴史を有しているはずだが、大航海時代以降ヨーロッパ各国が植民地化して以降、ヨーロッパからの植民者や奴隷貿易によって移入された多くの黒人に圧倒され、外部からもたらされた伝染病により地域のインディオはほぼ絶滅しており、植民地時代以前の歴史はヨーロッパ人による記録と考古学的痕跡だけとなっている。

ヨーロッパ各国が侵入してくる前の大アンティル諸島の社会は、文化的共通性を持っており、そこで最も一般的だった政治社会の形態は、首長制だった。それは首長[注釈 1]、貴族、平民である農民、戦争の捕虜などの奴隷の比較的簡単な成層社会であったが、国家社会ではなかった。スペイン侵入当時、エスパニュラ島には6、プエルト・リコには18の首長社会があった。首長の領域は分けられ、下位首長に委ねられ、その下に村の長がいた[1]
シボネー(グァナハタベイ)と呼ばれる漁労採集民が住んでいたキューバ島やエスパニョラ島の西端部を除く地域は、アラワク人がコヌコ[注釈 2]という農法で主食のヤムイモ、ユカなどの根菜類を作っていたほか、マメ、トウモロコシ、カボチャ、タバコなどを栽培していた[1]

小アンティル諸島には、カリブと呼ばれる民族が住んでいた。彼らは、南アメリカの熱帯林からの移住者だった。ここでは狩猟や漁労は男子が、コヌコでの耕作は女子が行なった。上手にカヌーを造り、アラワク社会をしばしば襲撃した。彼らは食人種であるといわれてきたが、そうではなく宗教儀式の一部として行われたに過ぎなかった。この儀礼食人はアステカ社会にもあった[1]

年表

先コロンブス期

グアダルーペ島で発見された、アラワク族による石碑

15世紀末から16世紀

コロンブスが西インド諸島、サン・サルバドル島に到達。新大陸「発見
コロンブス、フアナ島(のちにキューバ島と改名)とイスパニョーラ島に到達。アンギラ島を発見。

17世紀

八十年戦争終結。
イギリスがバハマ諸島に植民。
  • 1649年 フランスがグレナダ島に植民。
  • 1650年 イギリスがアンギラ島に植民。
  • 1654年 オランダがトバゴ島に植民。
  • 1655年 イギリスがスペイン領ジャマイカを征服する。(英西戦争(1654年-1660年)英語版)
  • 1659年 フランスがスペイン領イスパニョーラ島西部を侵蝕。
  • 1681年 イギリスが無人島であったタークス・カイコス諸島に植民。
  • 1697年 レイスウェイク条約によって、スペインがフランスにイスパニョーラ島の西側3分の1を割譲(現在のハイチ)。フランスはこの地をサント・ドマングと名付ける。(大同盟戦争)

18世紀

19世紀

  • 1804年 ハイチがカリブ海国家初の独立を宣言する。
  • 1900年 プエルトリコがアメリカ領に編入される。同時に自治政府も解体。

20世紀

  • 1985年 グレナダがアメリカに侵攻される

21世紀

ヨーロッパ諸国によるカリブ植民地史

各国史

非独立地域の歴史

脚注

関連項目

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