ガルカドール
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背景
競走馬時代
2歳時の1949年は、ロンシャン競馬場の1000メートルで行われたサンフォルマン賞で勝利した以外は出走しなかった。
3歳に入ると、ルトランブレー競馬場の1600mで行われたダフニス賞を制した。この後ブサック所有のダービー有力候補と目され、5月14日にはロンシャン競馬場で行われたプール・デッセ・デ・プーランに出走した。最終盤まで競り合ったが、後に凱旋門賞を連覇するタンティエームに半馬身差で敗れて2着となった[1]。
10日後には晴天のエプソム競馬場で行われたダービーステークスに遠征した。25頭立てのレースでアメリカ産でアメリカ人所有のPrince Simonが1番人気となる中、オーストラリア人騎手レイ・ジョンストン鞍上のたガルカドールは、単勝約12.1倍に支持された。Pewter Platterがハナを切ったが、2ハロン後にはPrince Simonが先頭に立ち、コーナーでは2馬身のリードを取った。ガルカドールは最終コーナーでは4番手だったが、外側から最後の1ハロンに入るところでPrince Simonに追いつき1馬身のリードを取った。しかしPrince Simonがもう一度盛り返したため、ガルカドールはアタマ差の辛勝で[2]、当時としては最高額の賞金17,010ポンドを獲得した[3]。ジョンストン騎手ははガルカドールを「本質的にはマイラー」であり、センブラ厩舎でも4番手の牡馬に過ぎないと評した[4]。
ダービー以降は出走せずに現役を終えた。
ジョン・ランドールとトニー・モリスは著書"A Century of Champions"の中で、ガルカドールを「平均的な」ダービー優勝馬と評している[5]。
タイムフォームは1950年のガルカドールに対して3歳馬最高のタンティエームより3ポンド低い133のレーティングを与えた[6]。なお130のレーティングが、ヨーロッパのG1競走で平均以上の結果を残した馬の基準とされている。
種牡馬時代
引退後は1951年から1959年まで種牡馬としてブサックの牧場で繋養されたが、産駒は目立った成績を残せなかった。その後は日本中央競馬会によって18,500ギニー(当時の為替相場で約1,960万円)とも言われる価格で購入され、日本輸入後は日本軽種馬協会に寄贈された[7]。
北海道の日高種畜牧場に配置された後、1960年から供用され、1962年からは青森県の日本軽種馬協会七戸種馬場、1965年に千葉県の日本軽種馬協会三里塚種馬場に移動し、1969年まで供用された[7]。1970年6月19日に死亡。
詩人で競馬愛好家として知られる寺山修司は、1979年に刊行された随筆「旅路の果て」において、自らの見た三里塚時代のガルカドールは気性が極めて酷かったが、厩務員は過去の厩務員に乱暴な扱いを受けたからこうなったのではないかと語っており、気性ゆえに種付けにも支障をきたしていたという逸話を紹介している[8]。
主な産駒
母の父としての産駒
血統表
| 父系 | トウルビヨン系(ヘロド系) [§ 2] | |||
|---|---|---|---|---|
父 Djebel1937 鹿毛 |
父の父 Tourbillon1928 鹿毛 |
Ksar | Bruleur | |
| Kizil Kourgan | ||||
| Durban | Durbar | |||
| Banshee | ||||
父の母 Loika1926 栗毛 |
Gay Crusader | Bayardo | ||
| Gay Laura | ||||
| Coeur a Coeur | Teddy | |||
| Ballantrae | ||||
母 Pharyva1936 鹿毛 |
Pharos 1920 鹿毛 |
Phalaris | Polymelus | |
| Bromus | ||||
| Scapa Flow | Chaucer | |||
| Anchora | ||||
母の母 Souryva1930 鹿毛 |
Gainsborough | Bayardo | ||
| Rosedrop | ||||
| L'Esperance | Pommern | |||
| Zariba | ||||
| 母系 (F-No.) | (FN: 9-e) [§ 3] | |||
| 5代内の近親交配 | Bayardo 4×4、Polymelus 4×5 [§ 4] | |||
| 出典 | ||||
- 父ジェベルはダーレーアラビアン直系ではなく、現代の大多数の馬とは異なるバイアリータークの直系である[7][10][11]。
- 母ファリヴァは競走馬としての勝利はなかったが、繁殖牝馬として一定の成績を残した。
- 半姉にプール・デッセ・デ・プーリッシュ勝ち馬ガルガラ(Galgala)[7]。
- 半姉にモーリス・ド・ゲスト賞を勝ったウィンドラ(Windorah)[7]。
- 全妹Arlanzaの産駒には日本で牝系を拡大し多くの重賞馬の祖先となったコランディアがいる[7]。
- 2代母Souryvaの牝系子孫にジョッケクルブ賞勝ち馬フィリュース[7]、アイリッシュオークス勝ち馬アンカスタ、ディアヌ賞勝ち馬クレペラナ(Crepellana)。
- 4代母ザリバは凱旋門賞を連覇した牝馬コリーダの母。