グリンモリー
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| グリンモリー | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 欧字表記 | Green Molly[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 1985年3月16日[1] | |||||
| 死没 | 不明(1998年4月1日用途変更) | |||||
| 父 | マルゼンスキー[1] | |||||
| 母 | オオシマリアナ[1] | |||||
| 母の父 | セントクレスピン[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | 大島牧場[1] | |||||
| 馬主 | 本田秀一[1] | |||||
| 調教師 | 佐藤林次郎(美浦)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 | 6戦3勝[1] | |||||
| 獲得賞金 | 5964万7000円[1] | |||||
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グリンモリー(Green Molly、1985年3月16日 - 不明)[1]は、日本の競走馬、種牡馬。主な勝ち鞍は1987年の新潟3歳ステークス。
競走馬時代
1987年7月にデビュー戦の新馬戦を優勝。その走りは騎乗した岡部幸雄が翌年の東京優駿(日本ダービー)を勝てる器と感じたほどのものだったが、同馬は脚部不安を抱えていたため岡部はクラシックに備えて休養を取らせるよう進言した[2]。しかし陣営は同年9月に行われた新潟3歳ステークスへの出走を決定、グリンモリーは同レースをレコードタイムで優勝したもののその後故障を発症し、約1年7ヶ月にわたる長期休養を余儀なくされた。休養から復帰後は4戦してオープン特別のパラダイスステークスを1勝したのみに終わった。
引退後
引退後は種牡馬となった。1992年産のエヌケーオージは北関東ダービーを制したが、中央競馬で活躍する産駒は現れなかった。1998年4月1日付で用途変更となり[3]、その後の動向は不明。
競走成績
以下の内容は、netkeiba.com[4]およびJBISサーチ[5]に基づく。
| 競走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離(馬場) | 頭 数 | 枠 番 | 馬 番 | オッズ (人気) | 着順 | タイム (上り3F) | 着差 | 騎手 | 斤量 | 1着馬(2着馬) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987.7.26 | 新潟 | 3歳新馬 | 芝1200m(不) | 8 | 4 | 4 | 1.1(1人) | 1着 | 1:11.2(36.7) | -0.6 | 岡部幸雄 | 53kg | (ラッキーダンディ) | |
| 9.6 | 新潟 | 新潟3歳S | GIII | 芝1200m(良) | 7 | 1 | 1 | 1.8(1人) | 1着 | R1:09.5(35.0) | -0.1 | 岡部幸雄 | 53kg | (アイノマーチ) |
| 1989.4.16 | 新潟 | 谷川岳S | OP | 芝1600m(重) | 9 | 4 | 4 | 2.9(1人) | 4着 | 1:35.5(36.6) | 0.8 | 小迫次男 | 55kg | アイビートウコウ |
| 6.3 | 東京 | パラダイスS | OP | 芝1600m(良) | 10 | 8 | 9 | 2.6(2人) | 1着 | 1:34.3(35.5) | -0.1 | 岡部幸雄 | 56kg | (インターシオカゼ) |
| 7.9 | 新潟 | 七夕賞 | GIII | 芝2000m(良) | 12 | 8 | 12 | 2.7(1人) | 3着 | 2:00.7(37.1) | 0.1 | 菅原泰夫 | 58kg | バレロッソ |
| 1990.6.9 | 東京 | フリーウェイS | 1500 | 芝1400m(良) | 12 | 8 | 13 | 4.1(2人) | 11着 | 1:23.8(36.3) | 1.3 | 小迫次男 | 57kg | ミスターモーリー |