ゴンザレス・ヘルメン

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生年月日 (1987-09-23) 1987年9月23日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
ゴンザレス・ヘルメン
Gonzalez Germen
コロラド・ロッキーズ時代
(2016年7月31日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ラ・ロマーナ州グアイマテ
生年月日 (1987-09-23) 1987年9月23日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 アマチュア・フリーエージェント
初出場 MLB / 2013年7月12日
NPB / 2017年4月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ゴンサーレス・ヘルマン・ヘルメン・フィラオGonzalez German Germen Figao, 1987年9月23日 - )は、ドミニカ共和国ラ・ロマーナ州グアイマテ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとメッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2013年9月29日)

2007年10月10日にニューヨーク・メッツと契約を結んだ。

2008年は、傘下のルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・メッツでプロデビューを果たした。15試合に登板し、5勝2敗・防御率1.34だった。

2009年は、ルーキー級ドミニカン・サマーリーグで開幕を迎え、8試合に登板。7月に渡米し、ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・メッツで2試合に登板した。

2010年は、アパラチアンリーグのルーキー級キングスポート・メッツ英語版で10試合に登板し、2勝5敗・防御率3.69だった。8月にA級サバンナ・サンドナッツへ昇格し、2試合に登板。1勝0敗・防御率2.77だった。

2011年は、A級サバンナで26試合に登板し、7勝7敗・防御率3.93だった。

2012年は、A+級セントルーシー・メッツで5試合に登板後、5月にAA級ビンガムトン・メッツへ昇格。7月26日にAAA級バッファロー・バイソンズへ昇格したが、翌27日にAA級ビンガムトンへ降格した。AA級ビンガムトンでは20試合に登板し、8勝12敗・防御率4.59だった。オフの11月20日にメッツとメジャー契約を結び[1]、メジャーロースター40人枠入りを果たした。

2013年3月3日にメッツと1年契約に合意した。3月10日にAA級ビンガムトンへ異動し、開幕をAAA級ラスベガス・フィフティワンズ[2]で迎えた。7月2日にメジャーへ昇格したが、登板のないまま5日にAAA級ラスベガスへ降格した。9日に再昇格し、12日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。同点の延長11回裏から登板したが、2四球を与え、2死一・二塁の場面でジョーディー・マーサーからサヨナラ安打を打たれ、メジャー初黒星を喫した[3]。その後はリリーフとして定着した。この年は29試合に登板し、1勝2敗1セーブ・防御率3.93だった。

2014年3月3日にメッツと1年契約に合意。開幕ロースター入りし、開幕後はリリーフとして起用されていたが、5月13日に15日間の故障者リスト入りした[4]。6月10日に復帰後は8試合に登板したが、防御率7.27と落ち込み、7月8日にAAA級ラスベガスへ降格した。8月19日にメジャーへ再昇格し、同日のオークランド・アスレチックス戦に登板したが、1回を2安打2失点で救援に失敗し、8月22日にAAA級ラスベガスへ降格した[5]。9月8日に再昇格した。この年は25試合に登板し、防御率4.75だった。オフの12月15日にDFAとなった[6]

カブス時代

2014年12月19日に金銭トレードニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[7]

2015年1月13日にDFAとなり[8]、1月20日に金銭トレードでテキサス・レンジャースへ移籍[9]。しかし翌21日にDFAとなり、23日にウェイバー公示を経てシカゴ・カブスへ移籍した[10]。カブスでは6試合に登板して勝敗なしの防御率7.50だった。7月4日にDFAとなった。

ロッキーズ時代

2015年7月7日、ウェイバー公示を経てコロラド・ロッキーズに移籍した。40人枠には入ったが、マイナーオプションにより傘下のAAA級アルバカーキ・アイソトープスに所属する[11]。その後、10日に昇格した。10月14日にAAA級アルバカーキに降格となり[12]、23日に自由契約となる。28日にマイナー契約でロッキーズと再契約した[13]。オフはドミニカ共和国のウィンターリーグに参加した。

2016年はAAA級アルバカーキで開幕を迎え、4月22日にメジャー契約を結んで25人枠入りした。8月12日にDFAとなり、15日に40人枠を外れる形でAAA級アルバカーキへ配属された[13]。10月6日にFAとなった[13]

オリックス時代

2016年12月13日にオリックス・バファローズへの入団が発表された[14]。背番号は42

2017年は開幕一軍に入るが4月2日に二軍降格。その後は外国人枠の関係で二軍暮らしが続いていたが、7月9日に一軍に昇格。平野佳寿が二軍で調整中している間は抑えを任された。8月20日同点の7回に登板し0点に抑え、7回裏に中島宏之が勝ち越し本塁打を放ったため、来日初勝利を挙げた。12月2日に自由契約となった[15]

ホワイトソックス傘下時代

2018年1月16日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ[16]。3月24日に放出された。

群馬時代

2018年4月30日、ベースボール・チャレンジ・リーグ群馬ダイヤモンドペガサスに入団することが発表された[17]。 6月14日に退団(任意引退)が発表された[18]

独立リーグ時代

2018年6月28日にアトランティックリーグロングアイランド・ダックスと契約を結んだ。シーズン終了後にFAとなった。

メキシカンリーグ時代

2019年3月4日にメキシカンリーグタバスコ・キャトルメンと契約を結んだ。5月17日に放出された。

カナダ時代

2022年4月5日にカナダのアマチュアリーグであるインターカウンティベースボールリーグ英語版ブラントフォード・レッドソックス英語版に入団した[19]

メキシカンリーグ時代

2022年7月13日にメキシカンリーグのオアハカ・ウォーリアーズと契約した[13]

投球スタイル

スリークォーターから、最速球速97mph(156km/h)・平均94mph(151km/h)のフォーシームを中心に、決め球である平均86mph(138km/h)のチェンジアップ、平均86mph(138km/h)のスライダーを使用する[21][22]

MLB通算の与四球率が5.1と高い[20]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2013 NYM 2900001211.33314934.13211610332015153.931.39
2014 2500000001---13330.13071411311016164.751.45
2015 CHC 600000000---296.080520800557.502.17
COL 2910000012---14732.23342110253014143.861.65
'15計 3510000012---17638.24142630333019194.421.73
2016 4000002110.66718240.24152531325025245.311.62
2017 オリックス 44000021313.66721047.04442432511016142.681.45
MLB:4年 12910003334.500640144.014417818212911075744.631.56
NPB:1年 44000021313.66721047.04442432511016142.681.45
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2013 NYM 2951001.000
2014 2522011.000
2015 CHC 60000----
COL 2914001.000
'15計 3514001.000
2016 4053001.000
MLB 1291310011.000
  • 2018年度シーズン終了時

記録

MLB投手記録
NPB投手記録

独立リーグでの投手成績










































W
H
I
P
2018 群馬 810201.0008.03462102233003.381.00
通算:1年 810201.0008.03462102233003.381.00

背番号

  • 71 (2013年 - 2015年途中)
  • 62 (2015年途中 - 2016年)
  • 42 (2017年)
  • 37 (2018年)
  • 56 (2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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