サイレンサー (遺伝学)
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遺伝学においてサイレンサー(英: silencer)は、リプレッサーと呼ばれる転写調節因子が結合するDNA配列である。DNAには遺伝子が含まれ、mRNA産生の鋳型となる。その後、mRNAはタンパク質へと翻訳される。リプレッサーがDNAのサイレンサー領域に結合すると、RNAポリメラーゼによるDNAからRNAへの転写が妨げられる。転写が遮断されるとRNAからタンパク質への翻訳は不可能となる。サイレンサーは、このようにタンパク質としての発現を防いでいる[1]。
サイレンサーについては未解明の部分が多いが、サイレンサーの分類やゲノム上の位置、サイレンサーに関連する疾患などの研究が続けられている[1][2]。
ゲノム上の位置

サイレンサーは、特定の遺伝子の転写に負の影響を与える配列特異的エレメントである。サイレンサーエレメントのDNA上の位置には多くの種類が存在する。最も一般的な位置は転写抑制を行う標的遺伝子の上流である[3]。標的遺伝子からの距離は-20 bpから-2000 bpまで大きな差異が存在する。サイレンサーはプロモーターよりも下流に位置し、遺伝子のイントロンやエクソンの内部に位置している場合もある。また、サイレンサーはmRNAの3' UTRの部分にも存在する[4]。

タイプ
現在、DNA上のサイレンサーには、典型的なサイレンサーエレメントと非典型的な負の調節エレメント(negative regulatory element、NRE)が知られている。典型的なサイレンサーでは、サイレンサーが基本転写因子の組み立てを防ぐことで遺伝子は抑制される[4]。一方NREは、通常遺伝子の上流に位置する他のエレメントを阻害することで受動的な抑制を行う。NREの中でも、一部のサイレンサーには方向依存性が存在し、すなわちサイレンサーが機能するためには特異的結合因子が他の調節配列に対して特定の向きでに結合していることが必要である。プロモーター依存性のサイレンサーは、位置と方向に依存し、プロモーター特異的な因子も利用するサイレンサーエレメントとして理解されている[4]。近年発見されたポリコーム群応答エレメント(Polycomb-group response element、PRE)は、結合したタンパク質やノンコーディング転写の存在に依存して、抑制を行ったり阻害したりする[3]。
機構
典型的なサイレンサーでは、そのシグナル伝達経路は比較的単純であり、抑制の際にはサイレンサーエレメントは遺伝子の転写に必要な基本転写因子の組み立てを標的とする。こうしたサイレンサーエレメントは大部分が遺伝子の上流に位置するが、遺伝子との距離は長い場合も短い場合もある。長距離サイレンサーの場合、サイレンサーをプロモーターの近傍にもたらすためDNAがループを形成することが観察されている[3]。サイレンサーはヘリカーゼ結合部位を標的とする場合もある。こうした配列はアデニンとチミンに富むためDNAは巻き戻りやすく、転写を開始するための空間の形成が可能となる。ヘリカーゼ活性の阻害は転写の阻害をもたらす。こうした現象はヒト甲状腺刺激ホルモンβサブユニット遺伝子のプロモーターで一般的に観察される。NREはプロモーター領域の屈曲を誘導して相互作用を遮断する。こうした現象はYY1が結合したNREで観察される[4]。サイレンサー領域がイントロン内にある場合、2種類の抑制が行われる。1つはスプライシング部位の物理的遮断であり、もう1つはRNAのプロセシングを阻害するDNAの屈曲である[4]。
サイレンサーがエクソンまたは非翻訳領域に位置する場合、主に典型的サイレンサーまたは位置依存的サイレンサーとして機能する。これらのサイレンサーは転写の前にその活性を発揮する。ほとんどのサイレンサーは生体内で構成的に活性化されており、サイレンサーを阻害するか、エンハンサー領域を活性化することによってのみ、遺伝子の活性化が可能となる。その最たる例が、REST遺伝子によって産生されるNRSF(neuronal-restrictive silencer factor)である。REST遺伝子はNRSFを産生し、神経組織の局在化に不可欠な神経遺伝子の転写を抑制する[4]。
エンハンサーとの類似性
遺伝子の上流に位置する他の調節エレメントとしてはエンハンサーがある。エンハンサーは遺伝子発現を「オン」にするスイッチとして機能し、特定の遺伝子のプロモーター領域を活性化する一方、サイレンサーは「オフ」にするスイッチとして機能する。この2つの制御要素は互いに相反する機能を果たすが、どちらの配列タイプも非常によく似た方法でプロモーター領域に影響を与える[3]。サイレンサーはまだ十分な同定と分析がなされていないため、エンハンサーに関する広範な研究がサイレンサーの仕組みを理解する上で生物学者の助けとなっている。サイレンサーが位置する領域の多くにはエンハンサーも存在し、プロモーターの何千塩基対も上流や、下流の遺伝子のイントロン内にも位置している[3]。また、エンハンサーがDNAのループ形成を利用してプロモーターとの距離を縮める。サイレンサーがリプレッサーとともに機能するのと同様に、エンハンサーは転写因子とともに機能して発現を開始させる[3]。
原核生物と真核生物におけるサイレンサー
原核生物

真核生物と原核生物では、代謝制御にいくつかの差異が存在する。原核生物は、細胞内で作られる特定の酵素の数を変化させる、遺伝子発現の調節によるゆっくりとした代謝制御を行うとともに、フィードバック阻害やアロステリック調節などの機構によって、酵素経路の調節による迅速な代謝制御も行っている[5]。原核生物の遺伝子は機能の類似性に基づいてまとまって存在し、プロモーターとオペレーターを含むオペロンと呼ばれる単位にまとめられている。オペレーターはリプレッサーの結合部位であり、真核生物のDNAにおけるサイレンサー領域と同等の機能を持つ。リプレッサータンパク質がオペレーターに結合していると、RNAポリメラーゼはプロモーターに結合できず、オペロンの転写は開始されない。
lacオペロンの抑制
原核生物の大腸菌Escherichia coliのlacオペロンは、ラクトースを分解する酵素を産生する遺伝子から構成される。このオペロンは原核生物におけるサイレンサーの一例である。このオペロンの3つの機能的遺伝子は、lacZ、lacY、lacAである[5]。リプレッサーの遺伝子lacIはリプレッサータンパク質LacIを産生し、LacIはアロステリック調節が行われる。lacオペロンの遺伝子はラクトースの存在下で活性化され、ラクトースはLacIに結合するエフェクター分子として機能する。ラクトースが結合したリプレッサーはオペレーターへ結合せず、RNAポリメラーゼがプロモーターに結合してオペロンの転写を開始できる状態となる。リプレッサーのアロステリック部位にラクトースが結合していないときには、リプレッサーの活性部位はオペレーターに結合し、RNAポリメラーゼによるlacオペロンの転写を阻害する。
真核生物

真核生物は原核生物よりもずっと大きなゲノムを持ち、異なる遺伝子調節の手法が存在する。真核生物の個体の全ての細胞は同じDNAを持つが、遺伝子発現の差異によって各細胞に特有の機能が生じる。この現象は遺伝的な全能性として知られる[6]。細胞が適切に機能するためには、遺伝子発現の厳密な制御が必要である。真核生物の遺伝子は、転写、転写後、翻訳、翻訳後の段階で制御されている[7]。転写レベルでは、遺伝子発現は転写率を変化させることで調節される。タンパク質をコードする遺伝子には、ポリペプチドをコードするエクソン、タンパク質への翻訳する前にmRNAから除去されるイントロン、RNAポリメラーゼが結合する転写開始点、プロモーターなどが存在している[8]。
TATAボックスの抑制

真核生物の遺伝子には、上流のプロモーターとコアプロモーター(基本プロモーター)が存在する。一般的なコアプロモーターはTATAAAAAA配列であり、TATAボックスとして知られている。TATAボックスはいくつかのタンパク質と複合体を形成する。TFIIDには、TATAボックスに結合するTATA結合タンパク質(TBP)とTBPに結合する13個のタンパク質が含まれている。TATAボックスに結合するタンパク質には、DNAとRNAポリメラーゼの双方に結合するTFIIBも含まれる[8]。
真核生物のサイレンサーは、mRNAへの転写が起こる前の転写段階で遺伝子発現を制御する。これらのDNA配列は、結合する転写因子に基づいて、サイレンサーまたはエンハンサーのいずれかとして作用し、サイレンサーへの結合はTATAボックスなどのプロモーターへのRNAポリメラーゼの結合を妨げる[6]。リプレッサータンパク質にはDNA配列に結合する領域と遺伝子のプロモーターで組み立てられた転写因子に結合する領域が存在する場合があり、これらによって染色体のループ化機構が形成される[8]。ループの形成によってサイレンサーがプロモーターの近傍にもたらされ、最適な遺伝子発現に必要なタンパク質群の協働が保証される。

