サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表

ボスニア・ヘルツェゴビナの男子サッカーナショナルチーム From Wikipedia, the free encyclopedia

サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表(サッカーボスニア・ヘルツェゴビナだいひょう、ボスニア語: Fudbalska reprezentacija Bosne i Hercegovine, クロアチア語: Nogometna reprezentacija Bosne i Hercegovine, セルビア語: Фудбалска репрезентација Босне и Херцеговине)は、ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー連盟(N/FSBiH)によって構成される、ボスニア・ヘルツェゴビナサッカーナショナルチームである。

愛称 Zmajevi
(ドラゴンズ)
概要 サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表, 国または地域 ...
サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表
国または地域 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
協会 ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー連盟(N/FSBiH)
FIFAコード BIH
愛称 Zmajevi
(ドラゴンズ)
監督 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 セルゲイ・バルバレス
キャプテン エディン・ジェコ
最多出場選手 エディン・ジェコ(148試合)
最多得点選手 エディン・ジェコ(73得点)
ホームスタジアム ビリノ・ポリェ
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 アルバニア 2 - 0 ボスニア・ヘルツェゴビナ 
ティラナ, 1995年11月30日)
最大差勝利試合
 ボスニア・ヘルツェゴビナ 7 - 0 エストニア 
ゼニツァ, 2008年9月10日)
 リヒテンシュタイン 1 - 8 ボスニア・ヘルツェゴビナ 
ファドゥーツ, 2012年9月7日)
最大差敗戦試合
 ドイツ 7 - 0 ボスニア・ヘルツェゴビナ 
フライブルク, 2024年11月16日)
FIFAワールドカップ
出場回数 1[注釈 1]回(初出場は2014
最高成績 グループリーグ敗退(2014
UEFA欧州選手権
出場回数 0[注釈 2]
最高成績 -
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愛称はズマイェヴィ(Zmajevi)、または1998年までの国章に描かれたフルール・ド・リスからズラトニ・リリャニ(Zlatni Ljiljani)[1][2]

歴史

1990年代 - 2000年代

ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年ユーゴスラビアからの独立を宣言したが、1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の影響により、旧ユーゴスラビア構成諸国家の中で、最も国際舞台への復帰が遅れた。ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー協会は1996年に、国際サッカー連盟欧州サッカー連盟に加盟。ワールドカップへの参加は1998年フランス大会予選から、UEFA EURO(欧州選手権)への参加は2000年のベルギー・オランダ大会予選からとなった。

当初、ボスニア・ヘルツェゴビナ協会はボシュニャク人のみで構成されていたが、1998年クロアチア人が、2001年にはセルビア人が合流し、3民族によるナショナルチームとなった。ただし、クロアチア人やスルプスカ共和国のセルビア人にはクロアチアセルビアに対しての帰属意識が根深く、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身ながらクロアチア代表セルビア代表に加わる選手が大勢いる。この3民族のそれぞれの代表者が連盟会長職に就いていた[3] ことを国際サッカー連盟(FIFA)と欧州サッカー連盟(UEFA)が問題視し、2011年3月31日までに解決しない場合は資格停止処分を科すと警告していた[4] が結局、3月29日の協会の総会では解決しなかったため、FIFAとUEFAは4月1日をもって資格停止処分を科した[5]。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身でユーゴスラビア代表および日本代表元監督のイビチャ・オシムを正常化委員会の座長に据えた協会側が会長職を1人とした制度改革を発表した為、制裁は5月30日に解除された[6]

2010年代 - 2020年代

2013年10月15日、ヨーロッパ予選を突破し、初のワールドカップ本大会出場を決めた。2014年6月の本大会では第1戦のアルゼンチン戦、続く第2戦のナイジェリア戦ともに敗れ1試合を残しグループリーグ敗退が決定した。それでも、第3戦のイラン戦でワールドカップ初勝利を挙げた。

2016年6月7日、キリンカップサッカー2016決勝で日本代表を2-1で破り、同カップで初優勝した[7]FIFAワールドカップ2018年ロシア大会は、欧州予選で敗退となった。UEFA欧州選手権には、2021年大会まで本大会出場の経験はない。

2026年北中米大会ヨーロッパ予選グループH2位でUEFAプレーオフに進出。パスA準決勝のウェールズ戦ではPK戦で勝利して決勝戦であるイタリア戦に臨んだ。パスA決勝ではイタリアに先制されたものの、後半に1-1の同点に追いついでPK戦に持ち込み、PK戦の末イタリアを下して2014年大会以来の本大会出場を決めた[8]

スタジアム

スタジアムは主にサラエヴォアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場ゼニツァビリノ・ポリェが使用される。サラエヴォオリンピックの開会式会場としても使用されたスタディオン・アシム・フェルハトヴィッチ・ハセは、1967年に引退したFKサラエヴォの選手で1964年ユーゴスラビア1部リーグ得点王にもなったアシム・フェルハトヴィッチの功績を称え彼の名を冠している。収容人数は37,500人で[2]、旧称であるコシェヴォ(Koševo)の名も通称として使用される。

成績

FIFAワールドカップ

さらに見る 開催国 / 年, 成績 ...
開催国 / 年 成績
アメリカ合衆国の旗 1994不参加
フランスの旗 1998予選敗退
日本の旗大韓民国の旗 2002
ドイツの旗 2006
南アフリカ共和国の旗 2010
ブラジルの旗 2014グループリーグ敗退310244
ロシアの旗 2018 予選敗退
カタールの旗 2022
合計 出場1回310244
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UEFA欧州選手権

歴代監督

歴代選手

歴代記録

出場数ランキング

最多出場記録を持つエディン・ジェコ

2025年10月5日時点

  水色は現役代表選手
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順位 選手 期間 出場 得点
1 エディン・ジェコ 2007- 144 71
2 ミラレム・ピャニッチ 2008-2024 115 17
3 エミル・スパヒッチ 2003-2018 94 6
4 ズヴェズダン・ミシモヴィッチ 2004-2014 85 25
5 ヴェダド・イビシェヴィッチ 2007-2018 83 28
6 アスミル・ベゴヴィッチ 2009-2020 63 0
7 ハリス・メジュニャニン 2009-2018 60 9
8 セナド・ルリッチ 2008-2017 57 4
9 エディン・ヴィシュチャ 2010-2020 55 10
10 エルヴィル・ボリッチ 1996-2006 51 22
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得点数ランキング

最多得点記録を持つエディン・ジェコ

2025年10月5日時点

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順位 選手 期間 得点 出場
1 エディン・ジェコ 2007- 71 144
2 ヴェダド・イビシェヴィッチ 2007-2018 28 83
3 ズヴェズダン・ミシモヴィッチ 2004-2014 25 85
4 エルヴィル・ボリッチ 1996-2006 22 51
5 セルゲイ・バルバレス 1998-2006 17 48
5 ミラレム・ピャニッチ 2008-2024 17 115
7 エルヴィル・バリッチ 1996-2005 14 38
8 ズラタン・ムスリモヴィッチ 2006-2011 12 30
9 エディン・ヴィシュチャ 2010-2020 10 55
10 ハリス・メジュニャニン 2009-2018 9 60
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脚注

関連項目

外部リンク

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