シャンゼリゼ通り (ツール・ド・フランス)

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2007年のツール・ド・フランス、最終ステージ。テュイルリー庭園下のトンネルを抜け、ジャンヌ・ダルクの黄金像があるピラミッド広場からコンコルド広場方面に向かう。

ツール・ド・フランス(Tour de France)におけるシャンゼリゼ通り(L'Avenue des Champs-Élysées)は、1975年以降ゴール地点となっている。

ツール・ド・フランスでは、1903年の第1回より、パリ市内をゴール地点としてきた。1903年は西部にあるヴィル=ダヴレー1904年から1967年までは、当時自転車競技場だったパルク・デ・プランス1968年から1974年までは、一般的にはジャック・アンクティル自転車競技場と呼ばれる、ヴェロドローム・ド・ヴァンセンヌ1900年開催のパリオリンピックの開会式会場)をゴール地点としてきた。

そして1975年、スプリンターたちの妙技を沸き立たせる意味合いから、ゴール地点をシャンゼリゼ通りと改め、今日に至っている。但し、1989年だけは個人タイムトライアルが行われた。

三大グランツールの中で最終ゴールを「シャンゼリゼ通り」と明確に定めているのは2023年現在ツール・ド・フランスのみである。ジロ・デ・イタリアミラノブエルタ・ア・エスパーニャマドリーシベーレス広場を最終ゴールにするのが通例ではあるが、年によっては別の都市(例えばジロならローマブレシアトリエステなど、ブエルタならサンティアゴ・デ・コンポステーラ)を最終ゴールに設定することがある。しかしツールだけは1975年以降シャンゼリゼ通りが不動の終点であり、そのために最終日前日のステージ終了後に選手・スタッフ・関係者は最終ステージスタート地点のパリ近郊の街まで長距離の移動を強いられる場合が多い。フランス南東部プロヴァンスモン・ヴァントゥから移動した年もあった。

2024年大会は2024年パリオリンピック大会が開催されるため、最終ステージはモナコニース間の個人タイムトライアルで実施された。

2025年大会はシャンゼリゼのゴール50周年を記念し、通常の周回を3周行った後、モンマルトルをまで周回する1周16.8kmの周回3周でゴールとなるコースとなった。

概要

シャンゼリゼ通りをゴールとするツール・ド・フランスの最終ステージは、通常パリ郊外の町からスタートする。ただしパリ市内に入るまでは通常のレースよりもかなりゆっくり走る。これは、これまでの3週間を走りきった選手たちがお互いをたたえあう意味合いが込められており、選手たちはリラックスしてゆったりと走るのが慣例となっている。しかしこれがパリ市内に近づくと一変する。パリ市内に近づくにつれ集団のペースは徐々に上がり、シャンゼリゼ通りとテュイルリー宮殿を往復する反時計回りの周回コースに入ると集団は平均50km/hのハイペース(通常のレースでは平均40km/hほど)で疾走する。周回コースはほぼ平坦であり、逃げのアタックをかけてもそれが決まることはまずなく、たちまち集団に飲み込まれてしまう。選手たちはコンコルド広場凱旋門などを見ながら周回をこなしていく。

平坦コースゆえに最後は集団でのゴールスプリントとなる場合がほとんどである。スプリントを得意とする選手にとってシャンゼリゼでの勝利は生涯記録の極めて大きなステータスとなるため、彼らは全力で勝利を捥ぎ取りに行く。最後の400mの直線では迫力のスプリント勝負が繰り広げられる。スプリンターたちの後方でフィニッシュラインを越える選手たちを含め、彼らはツール・ド・フランス完走の名誉を得ることになり、マイヨ・ジョーヌ(個人総合優勝)などの各賞が確定する。

シャンゼリゼ周回コースは2012年大会まで、凱旋門の手前に折り返し点がある1周6.5kmの周回コースを8周(計52km)するのが通例だったが、ツール開催100回目となる2013年大会では、凱旋門をまるごと回るコースが採用され、1周6.8kmを10周(計68km)した。2014年以降は8周に戻されたものの、凱旋門を回る6.8kmのコースは継続されている。

またこのステージのタイム計測には特別ルールがあり、シャンゼリゼ入場時に雨などで路面が危険な状態にある場合、1周目最初のゴールライン通過時間をもってこのステージのタイムとする。ただしレースは規定周回まで続行され、ステージ順位は通常通り決める。

出来事

シャンゼリゼ通り・最終ステージ歴代勝利者

関連項目

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