ジュニアアイドル

日本において主に小・中学生時代から活動する若年層の芸能人 From Wikipedia, the free encyclopedia

ジュニアアイドル[1]またはキッズアイドル[2]は、比較的低年齢のアイドルの総称である。ただし、アイドル歌手についてこの単語が用いられることは少なく、一般には低年齢のグラビアアイドルをこう呼ぶ。年齢の上限について、『現代用語の基礎知識2007』は15歳以下とする[3]。セクシー女優出身のライター・たかなし亜妖も、ジュニアアイドルの年齢層を「義務教育中の学生」としている[4]。なお、渡辺ありさは17歳以下とする場合もあるとしている[5]。年齢の下限については特に定義やコンセンサスはないが、9歳くらいからジュニアアイドルとして活動を開始するケースが多い。香月真理子によると4歳・5歳の幼女もジュニアアイドルとして活動している[6]

同世代の若者のみならず、ロリ趣味の成人男性から支持を集める。なお、ジュニアアイドル隆盛の最大の原動力は、ファンのニーズではなくわが子に託す親の達成願望であるとする見方もある[3]

2026年現在、ジュニアアイドルと言えば事実上全部女性であるが、誰が見るのか男性ジュニアアイドルも少数存在する[7]。以下特に断らない限り女性ジュニアアイドルについて記述する。

概要

ジュニアアイドルという言葉が生まれた当初は子役やティーンモデルの活動が主流であり、雑誌やCM、テレビ番組、ファッションショーなどで活躍するケースが多かった。1990年代末には、ローティーン向けのファッション誌ピュア☆ピュア』や『ピチレモン』などが創刊され、非性的かつ清潔感のある芸能活動の場が拡大した[8]

2000年代以降、アイドルグループやアニメとのタイアップ、声優活動、SNSでの自己発信など多様な活動スタイルが登場し、「ジュニアアイドル」はより広義に使われるようになった。特に、音楽活動やモデル、演技を通じてファンとの交流を重視するスタイルが確立され、多くの若年層が自主的に芸能活動を志すようになった[9]

過去には、特に2005年から2015年にかけて着エロ同然のジュニアアイドルのDVDや出版物が多数発売されていた時期には、複数の刑事事件すら発生している(後述)。しかし2026年現在、芸能事務所メディアコンプライアンス意識を高めており、ジュニアアイドルの活動はより健全で多様な方向に進化している。

芸術的・文化的視点

日本のメディア研究文化論において、アイドル(ジュニアアイドルを含む)は単なる芸能人ではなく、感情的・社会的に意味を持つ存在として捉えられている。その価値は、技術的な完成度よりも、努力・誠実さ・成長の過程に重きを置かれることが多い。

2020年電通による分析では、「アイドルは未完成な存在であり、これからの成長の可能性や将来の飛躍への期待がそのまま価値につながっている」と述べられている[10]

学術的な視点でも同様の見解が示されている。田嶋幸頼(2022年)は、アイドルを「誠実さを儀式的に演じることで、ファンとの信頼関係を構築するメディア的存在」と定義している[11]。さらに、安西信一(2013年)は、柳田國男の言葉を引用し、「女性は、精緻な感受性と『妹の力』によって、生きる力や幸福への道を伝えることができる」と述べている[12]。こうした文化的視点では、アイドルは希望や純粋さ、象徴的な存在としても位置づけられる。

加えて、2016年感性工学的研究においては、アイドルのポーズには「観客にポジティブな感情を喚起する力がある」とされ、芸能表現としての身体的ジェスチャーにも感情的な意味が見出されている[13]

英語圏の研究者であるパトリック・W・ガルブレイスとジェイソン・G・カーリン(2012年)は、アイドルを「参加型メディア文化において感情的共鳴を呼び起こし、ファンとの関係性を通じて象徴的価値を持つ存在」と定義している。また、日本のアイドル文化を「儀式的誠実さ」や「共有された成長体験」を重視する特異なメディア構造として特徴づけている。[14]

これらの特徴は、成人アイドルに限られたものではなく、ジュニアアイドルにも当てはまる。音楽、ファッションモデル、演技などの分野で若年から活動を始めたジュニアアイドルたちも、同様に感情的な透明性や成長の物語を表現し、ファンとの共感関係を築いている。こうした価値観は、現代日本のアイドル文化全体に共有されている特徴であり、ジュニアアイドルもその一部として文化的・芸術的意義を持つ存在であるといえる。

子ども芸能の肯定的な視点

教育関係者や指導者の中には、子どもの芸能活動に教育的価値を認める声もある。表現教育の指導者である小川大介は「子どもは役を演じることで内面が成長する」と述べており、たとえば「質問する役柄」を演じた内気な子どもが、日常生活でも積極的に話すようになるなどの変化が見られるという[15]

大手芸能事務所などの協力を得て開催される「ベストキッズオーディション」では、子ども向けの演技・歌唱・マナー教育を行いながら、自己表現力や礼儀、創造性の向上を図っている[16]

活動媒体

ジュニアアイドルは、さまざまなメディアを通じて幅広い芸能活動を行っており、その活動領域は時代とともに変化してきた。代表的な活動には以下のようなものがある。

  • ファッションモデル活動:『ピチレモン』や『nicola』、『ピュア☆ピュア』など、ティーン向けファッション誌において、読者モデル専属モデルとして登場する例が多く見られる。これらの雑誌は、若年層向けにトレンドや自己表現、ライフスタイルを紹介する媒体として親しまれている[17][18]
  • テレビ・映画・CM・ドラマ出演:ジュニアアイドルは、ドラマやバラエティ番組、教育番組、CMなどにも出演しており、特に子ども向け番組や家族向けコンテンツへの出演を通じて知名度を高めるケースが多い。
  • 音楽活動とライブ出演:アイドルユニットやソロ歌手として音楽活動を行う例もあり、アニメ関連の声優活動やキャラクターソングユニットへの参加も含まれる。コンサートやライブイベントなどの舞台を通じてファンとの交流を図っている。
  • 舞台・ミュージカル:ダンス発表会や子ども向けミュージカルへの出演など、演劇活動を通じて表現力を磨く機会も多い。
  • インターネット・SNS活動:近年では、YouTube、TikTok、InstagramなどのSNSを活用してファンとの交流や自己発信を行うケースも増えており、自主制作コンテンツの発信も見られる。

一部のジュニアアイドルやモデルは、自らの表現として水着など多様な衣装での撮影に取り組むこともあるが、これらの作品は通常、可愛らしさ(可愛い)、無邪気さ、親しみやすさなどを表現することを目的としており、性的な表現を意図したものではない。2000年代には、自己表現や表現の自由の範囲をめぐって社会的な議論がなされたこともあったが、業界内では自主規制や制作ガイドラインが整備され、現在では不適切な内容が制作されることは基本的にない[19]

現在では、ジュニアアイドルの活動は、音楽、演技、ファッション、オンライン発信など、創造性と健全性を重視した分野に集中しており、将来的な芸能キャリアの基盤としても機能している。

若年タレントを支援する芸能事務所

アミューズスターダストプロモーションエイベックスなどの大手芸能事務所は、若年層向けのレッスンプログラムを提供し、演技、歌唱、ダンスなどの技術を指導しながら学業との両立を支援している[16]。こうした事務所では、子どもの福祉や発達に配慮した制度作りも進んでおり、バランスの取れた成長を目指した支援が行われている。

エイベックスは、エンタテインメントを通じて小児がんの子どもたちを支援するチャリティーイベント「LIVE EMPOWER CHILDREN」を開催した[20]

沿革

前史

日本の伝統芸能において、少女は古くから儀礼的・芸術的な役割を果たしてきた。たとえば、神道の儀式舞踊である神楽では、巫女が舞う「巫女舞」などが奉納される[21][22]。静岡県の熊野神社では、小学生から高校生の女子が「浦安の舞」や「豊栄の舞」を毎年の例祭で奉納し、地域文化の継承に貢献している。ある神職は「子どもが参加することで、家族も神社に足を運ぶようになり、神社が活性化する」と語っている[23]

近代においては、少女のみで構成された少女歌劇が人気を集めた。1913年に創設された宝塚歌劇団は、当初は中学生前後の少女のみで構成され、「家族で楽しめる健全な舞台」として親しまれた[24]。その後も松竹少女歌劇団などが続き、1930年代には少女のみで構成された劇団が全国的に活動した。たとえば、福井県のだるまや百貨店では、1931年から1935年にかけて地域の少女による「だるまや少女歌劇団」が日本舞踊音楽劇を披露していた[25]

戦前に始まる映画の撮影、戦後はこれに加えてテレビドラマなどの撮影には子役も必要で、いつの時期にも一定数の子役が活躍していた。彼女たちがジュニアアイドルと呼ばれることはなかったが、10代の若年女性の活躍は、芸術的・文化的な面でも大きな影響を与えてきた。戦後から1980年代にかけても、10代で国民的スターとなる女性アイドルが多数登場し、こうした若年女性タレントの活躍は現代に至るまで日本の芸能文化の一つの伝統として継承されている[26][27][28]

一例として、1929年に女優の高峰秀子が映画デビューしするが、当時5歳の彼女は「日本のシャーリー・テンプル」として国民的な人気を博した[29]。また、1947年には美空ひばりが歌手デビューしている。当時10歳だった[30]

1969年、12歳の梅原多絵をモデルとした『ニンフェット 12歳の神話』を嚆矢としてロリータのヌード写真集がわが国でも出版されるようになる。1979年から1985年にかけての第1次ロリコンブームの時期にはおびただしい数のロリ本が出版されるに至った。これは1989年東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件をきっかけに終息する。1994年から1999年にかけての第2次ロリコンブームの際も西村理香をはじめとする蕾たちが秘密の花園で人知れず開花した。これらの少女ヌードモデルもジュニアアイドルと呼ばれることはなかった。一応日本国内で市場として成立していたが、職業的に見せる(魅せる)モデルばかりではなく、JCのアルバイトに近い感覚で活動する者もいた。また、東南アジアの蒼いパパイアを剥いたケースでは、本名や国籍などは秘匿したうえで日本人ということにして売り出したことも多い。こうなると大々的に宣伝する訳にもいかず、彼女たちのためにジュニアアイドルという単語を新たに作るという発想もなかった。

しかし、後にジュニアアイドル市場が成立する基盤のようなものはこの時期にすでにあった。そう、チャイドルである。安達祐実がブレイクすると、各事務所は「子供も商売になる」と食指を動かし始めた(北川昌弘の説)[31]1994年、『家なき子』放送開始。なお、チャイドルという単語の文献初出は1996年3月に発売された『SPA!』で、写真集『Namaiki』を売るために中森明夫によって作られた造語である[32]

この時期のロリータ雑誌として『Alice Club』『Sweet Lowteen』『Little Lips』『クラスメイトジュニア』『純粋美少女通信』『フィフティーンクラブ』『お嬢』『プチミルク』などが挙げられるが、このうち最後の3種では「15歳以下」という基本方針を早くから打ち立てていた。また、現在のジュニアアイドルに近い概念を表す「ローティーン」という単語が使用されていた。

ジュニアアイドルという日本語を作ったのはアイドル評論家の高倉文紀である。時は90年代後半、高倉がグラビア誌の編集者と話しているときに「中学生や高校生ぐらいでアイドル的な活動をする女優やモデルが増えている中、そういう人たちを総称できないか」という話になり、高倉はこの単語を発案した[33]。ただし、当初は高倉もジュニアアイドルを流行語にしようとは考えていなかった。チャイドルは一部マスコミが広めた造語で、言葉だけが一人歩きしていると捉えた高倉は、このままだと非常に若いアイドルの盛り上がりが一過性のブームに終わってしまうと危惧した。ジュニアアイドルという日本語は、ブームとして消費されるチャイドルの枠組みから彼女たちを解放し、より幅広い層を包括するために生まれたものだった[34]

  • 高倉文紀、小波堂、北川昌弘、T.P.ランキング『Jr.アイドル名鑑 ―小中学生子役・美少女タレント完全データブック』宙出版、1997年。ISBN 4-87287-926-0 - 奥付では「ジュニア・アイドル」となっている。このころは子役と見せる(魅せる)ジュニアアイドルはまだ未分化だった。

1998年には高倉以外による用例もみられる。

  • 「ホラー度満点映画「死国」の愛媛ロケ」『週刊新潮』第43巻第45号、新潮社、1998年11月26日、doi:10.11501/3379048ISSN 0488-7484 - ジュニア·アイドルという単語が出てくる
  • 竹中邦祐「CMアイドルに見る顔の変遷」『月刊アドバタイジング』第44巻第7号、電通、1999年、doi:10.11501/2262207 - ジュニアアイドルという現在の語形

チャイドルブームを受けてこの時期、JS5-6, JCをメインターゲットに据えたファッション雑誌がいくつか創刊している。この頃は非常に若いファッションモデルも後のジュニアアイドルも未分化なところがあり、ファン層も重なっていた(2割くらいは女性読者だった)。これらのファッション雑誌をおかずにするマニアもいた。

  • 『ピチレモン』(学研プラス、1986年4月 - 2015年10月)- 1999年2月リニューアル
  • 『CANDy』(白泉社、2000年1月 - 2006年3月)
  • 『ラブベリー』(徳間書店、2001年12月 - 2012年3月)
  • 『Hana*chu→』(主婦の友社、2003年5月 - 2011年5月)

また、女優の卵などのグラビアを掲載する雑誌も創刊しており、これらは実際にメジャーになるための登竜門として機能していた(グラビアページも控えめで、水着も少ない)。全盛期直前に見られた一時的なムーブメントである。

  • 『ピュア☆ピュア』(辰巳出版、2000年4月 - 2010年5月)- 鈴木杏、加藤夏希、黒川芽以、長澤まさみ、宮崎あおい、大沢あかね、上戸彩、末永遥、栄倉奈々、井上真央
  • 『memew』(近代映画社、2001年 - 2012年3月)- 全54号
  • 『スピカ』(メディアボーイ、2001年10月 - 少なくとも2002年6月)
  • 『Lemonteen Plus』(バウハウス、2003年12月 - 少なくとも2006年10月)

1999年児ポ法の施行により18歳以下の裸は市場から姿を消す。お菓子系の草分けにして最大手の『Cream』誌も、一時はすべてのモデルを20歳以上としたほか、未成年を連想させる制服体操服スクール水着もヤバいのでは、と自主規制した。なお、2000年頃まではチャイドルという単語が一般に使われていた。

全盛期

ところが、2001年頃より合法の範囲で蒼い果実の魅力を表現した写真集・DVDが増加する。それも、第1次ロリコンブームの時期に粗製乱造された写真集のモデルなど比較にならないような美少女である。「脱がなくてよい」と分かっているので美少女たちが自らを見せる(魅せる)ことに対する障壁は低下したのだ。

  • 野下義光『Pure Angel 2』ソフトガレージ、2001年。ISBN 4-921068-63-1 - 背表紙に「ジュニア・アイドル」の文字列あり。
  • 『Daisy ―ジュニアアイドル100%制服マガジン』ワイレア出版〈ミリオンムック〉、2002年。ISBN 4-8130-0649-3 - 「ジュニアアイドル」という現在の表記
  • 大嶺こず恵「キティちゃんを超えた少女ブランド」『週刊エコノミスト』第80巻第39号、毎日新聞出版、2002年9月17日、40-41頁、ISSN 0013-0621 - ジュニアアイドルと言う単語について特に新語であると断っていない

会田我路によると、U15、それも無名の少女たちが露出するようになった背景には1990年代ヘアヌードバブルの崩壊があるのだという。行き詰まった出版社は打開策として無名の少女たちに着目した。売れているタレントでは肖像権の使用範囲について制約が大きく、契約するとコストがかかる。それならば…と会田が着目したのが無名の少女たちである。2次使用・3次使用も含めて肖像権を買い取れるので結果的に低コストとなる[35][注釈 1]

2004年前後には何種かの専門誌が創刊しており、ここから2015年頃までがジュニアアイドルの全盛期である。とくに、『Chu→Boh』が脱がない『ピュア☆ピュア』と差別化する目的でU15の水着を掲載したのは大きい。当たり前のようにU15の水着が書店に並ぶ流れを作ったのはこの雑誌だとする資料もある[37]

2005年5月、泉明日香は写真集『Peach』をリリースしているが、これは業界内でも賛否両論あった。それまで、子供のモデルの写真は顔まで入れるのが「お約束」だったが、同書には体の一部(お尻)を拡大したカットも含まれる。香月真理子の取材によると、それまで別のカテゴリーに属していた成人グラドルのファンとジュニアアイドルのファンの間の垣根を取り払ったエポックメーキングな作品であるという[38][注釈 2]

2005年8月、泉明日香の『アイドル魂Jr. 泉明日香 part.1』が「Tバック中学生」として話題になる。当時新人だった泉が当初予定されていたモデル(18)の代打として現場に行ってみるとTバックがあり、「はいてみますか?」と言われたのがきっかけ。マネージャーをつとめる母・KOTOMIは、過激になりすぎないよう注意して制作にあたったとMBSの取材に答えているが、それでも泉らの過激な作品が売れるのを見た各メーカーは、いわゆる過激路線を踏襲した[40]。これについてKOTOMIは「娘がこの年齢でTバックを履くことに何の問題もありません」と語り、娘の体には未熟な少女だけが持つことができる「中性的でセックスレスの美しさ」があるともコメントした。「明日香の作品を買う人は誰でも、その作品でやりたいことを何でもする権利がある」とJapan Timesの取材に対し語った[41]

2006年には1年間で合計300万冊のジュニアアイドルの写真集が売れた[42]。初版で5000-6000冊、増版で2000冊程度売れたという報道もある[31]2007年1月1日に発行された『現代用語の基礎知識』がジュニアアイドルという言葉を見出し語として採録する。なお、同書ではジュニアアイドルを「チャイドルの新称、または15歳以下のアイドルの総称」と定義している[3]。この年に発行された週刊文春が、娘の皮を剥いて金に換えるバカ親を批判している[42]

なかには年齢を詐称してジュニアアイドルとして売り出した藤崎由姫のような例もある。要はジュニアアイドルは売れるということで、当時のブームの盛り上がりを象徴する出来事である[注釈 3]

2010年前後、当局の取り締まりが強化されるとそれまでのような過激な作品は鳴りを潜める。魚肉ソーセージに生クリームを塗り付けてパイズリ、ボディーシャンプーを白濁させ水鉄砲で顔面発射、手足を拘束して電マまたはくすぐりといった表現は大幅に減少する[4]。この頃にはジュニアアイドル専門誌の多くが廃刊となっており、2005年頃からしばらくの間続いたバブル的狂騒は落ち着いていた。これについて、当時は48グループがグラビアのページを席巻してシェアを奪ったことが原因の一つであるという説もある[46]

2013年9月7日(現地時間)、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で「2020年の夏季五輪は東京で開催する」旨決定する。これが翌年の単純所持禁止のきっかけとなった、というのがロリコン界の大方の見方である。

2014年6月25日に改正された児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律 (平成十一年法律第五十二号) 第七条で、いわゆる単純所持が禁止された。1年の猶予期間 (平成二六年法律第七九号第一条2) を経て2015年7月15日、ついに罰則の対象となる。このころを境にDVDの新作もほぼリリースされなくなり、ジュニアアイドル業界は低迷する。時間的順序は少し前後するが、2015年2月1日秋葉原の聖地「おいも屋本舗!」が閉店する。実店舗では商品が売れない、営業不振というのが公式の理由だが「店舗に入れば白い目で見られる時代だけに、ひそかに購入できるネットショップに移行するのは自然な流れ」と述べる関係者もいる[47]

その後

2017年、東京都で「特定異性接客営業等の規制に関する条例」通称・JKビジネス規制条例が施行される。18歳未満の者を対象とする撮影会を開催する業者は公安委員会に届け出なければならない。2023年7月現在、同様の条例は愛知県、神奈川県、大阪府、兵庫県などにある[48]

その後は現在に至るまで、DVDの発売件数は減少したままであるが、ネットを利用した通販やダウンロード販売で手に入らないこともない。また、ジュニアアイドル自体も絶滅したわけでなく、Eテレの料理番組も続いている。非常に若いライブアイドルなどがジュニアアイドルを自称することもある。たかなし亜妖によると、2023年7月現在も作品はリリースされており、DVDメーカーも未だ現役である[4]

撮影会を中心に活動するジュニアアイドルも一定数存在する[2]。この時期特有の問題として、SNSのフォロワー数がオーディションやコンテストの合否に関わるという現象が挙げられる(書類審査でも各種SNSのフォロワー数を記入する欄がある)。フォロワー数を増やすために我が子に露出の多い衣装を着せる、アカウントは母親が管理してキャバ嬢同然の“営業”を行うなどの問題行動もある[49]。デビュー前の素人女児の撮影会すらあるが、デビューするのを応援していると話す主催者・娘の夢を応援していると話す母親もいる[48]

2020年代に入ると、芸能活動に参加する若年層に対する支援や育成体制は多様化しており、企業や地域、学校、家族による包括的なサポートが進んでいる。

大手キャラクターブランドであるサンリオは、「Sanrio Cheers for Smiles(SCS)」という次世代応援プロジェクトを立ち上げ、さまざまな分野で活動する若年層を支援している[50]。このプロジェクトは「みんななかよく」の理念を掲げ、スポーツ、音楽、芸能分野で未来を担う子どもたちを応援する取り組みである。この中で、日本のモデル・アーティストである 丸上ひまり (2012年生)は、ロングスケートボーダー部門の代表メンバーとして活動しており、ファッションショー、SNSドラマ、ジュニアギター大会など多分野で活躍している。彼女の活動は、芸能と教育、表現と成長のバランスを象徴するものと評価されている[51]

他メディアにおけるジュニアアイドルの表現

ジュニアアイドルに類する存在は、実在の芸能活動にとどまらず、アニメやゲーム、バーチャルキャラクターなどのメディア作品においても広く表現されている。

ゲーム・アニメ・漫画におけるジュニアアイドル

現実のジュニアアイドルを題材にしたアニメや漫画も存在する。たとえば、『アイカツ!』シリーズ、『プリパラ』、『キラッとプリ☆チャン』、『ラブライブ!』シリーズ、『Wake Up, Girls!』などでは、小中高生の女の子たちがアイドルとしてステージに立ち、努力と成長を通じて仲間やファンと絆を深める姿が描かれており、子ども向けコンテンツや青春ドラマとして幅広い人気を博している[52][53]

また、厳密にはアイドル活動を描いた作品ではないが、けいおん! のように高校生のバンド活動を通じて仲間と成長し、ライブパフォーマンスやファンとの交流を重視する人気アニメも存在する。同作では「武道館ライブ」を夢とし、音楽活動を通じた絆や青春の輝きが描かれており、そのファン文化やコンサートイベントなどはアイドル作品とも共通する側面が指摘されている[54]

同作ではキャラクター名義の主題歌や劇中歌が多数発売され、ほぼ全てのCDがオリコン週間チャートのトップ10入りを果たし、シリーズ累計CD売上が100万枚、音楽配信も100万ダウンロードを突破した[55] 。2009年には『けいおん!』に登場する5人組バンド・放課後ティータイム名義の2枚組ミニアルバム『放課後ティータイム』が、アニメキャラクター名義の作品として史上初めてオリコン週間アルバムランキングの首位を獲得し、シングル・アルバムを通じて前例のない快挙となった[56] [57]

また、涼宮ハルヒの憂鬱のように高校1年生(16歳)のキャラクターたちが学園祭でバンド演奏を披露し、劇中歌「God knows...」はアニメ楽曲として異例の人気を博した。特にライブパフォーマンスのシーンは視聴者に強い印象を与え、ファンによるコピーやリアルイベントでの演奏など、現実世界の音楽・アイドル文化とも共鳴する現象を生み出した。「God knows...」の演奏シーンはYouTubeで1億回を超える再生回数を記録しており、その影響でアニメ自体を知った人も多いとされる[58]。この現象は角川グループがYouTube公式チャンネル「角川アニメチャンネル」を開設する契機にもなった[59]。また、2019年にはソニー・ミュージックエンタテインメントの「平成アニソン大賞」で編曲賞(2000年 - 2009年)を受賞し[60]、2020年放送の『国民13万人がガチ投票! アニメソング総選挙』では第9位にランクインした[61]

なお、涼宮ハルヒの憂鬱でハルヒ役を演じた平野綾も、小学高学年(1998年)に芸能界入りし、子役活動を開始した経歴を持つ[62]。その後もミュージカルやアニメソングなど幅広い分野で活躍し、若い世代から支持を集め続けている。[63]

このように、実在・架空を問わず、ジュニア世代のアイドル的キャラクターは日本のメディア文化の中で多様に表現されており、アイドルという存在が社会的・文化的に広範な意味を持っていることがうかがえる。[64]

法的課題と議論

ジュニアアイドルという言葉が生まれる以前から、ロリコン界隈ではいくつもの刑事事件が発生している。ここでは自ポ法施行後に発生したいくつかの事件に触れるにとどめる。

2000年2月3日までに警視庁少年育成課と杉並警察署などは、自称芸能プロダクション経営・H・Hを逮捕した。逮捕容疑は女子高校生(16)に対する児童買春(児ポ法違反)。Hは、カラオケ動画の出演者を募集し、応募してきたJC・JKらに現金を渡してわいせつな行為を行い、ビデオに撮って販売していた。多い時で月200万円を売り上げていた[65]。モデル料という名目で現金を渡していたが、モデル派遣などの業務は行っていなかった[66]。モデルの募集に応じてHの自宅を訪れた先述の女子生徒に対しては、月10万円で関係を持ち続けようと約束し、わいせつな行為をした疑いがもたれている。「モデルになるには社長と関係を持たなければならない」[66]「芸能界にはいろんなことがある。これをしないと業界では気に入られない。みなこれを乗り越えがんばっている」などと正当化していた。Hは、この生徒を含む9歳から27歳までの85人を募集して、裸を撮影したりわいせつな行為をしたとみられる。うち68人が未成年で、小学生も2人いたという。平間本人は約50人の少女にわいせつな行為をしたと供述[65]

2007年3月20日ごろ、芸能事務所アイアップ社長H・Sと妻のYら4人が、東京都新宿区のスタジオで18歳のJK3に全裸に近い水着を着せ、約11時間にわたって撮影した。4人は同年12月3日までに児童福祉法違反の疑いで神奈川県警察に逮捕された[67]

アイアップ所属のグラビアアイドル・仲村みう[注釈 4]は、この件について

ジュニアアイドルの過激な露出の流れを作ったのは、みうなのかな……って思っています。中3でTバックをはいた(DVD『卒業』/アイドルファクトリー)自分に責任があるんじゃないかなって。ただ、最近は明らかにやりすぎですよ。小学生でTバックをはいている子もいますよね。(略)小学生で過激な露出に走ってるのって、原因は周りの大人、やらせてる親が悪いのかなと思いますね。この業界の仕事を始めるとしたら、中学校に入ってくらい、12~13歳くらいからならいいんじゃないかなと思います。それくらいになれば、(略)自分で「どこまでがOKでどこからはダメ」っていう判断が、仕事に関してできる年になると思うんですよ。 みうは、この世の中から完全にジュニアの商品をなくすことはできないと思うんですけど。規制を厳しくしすぎたら、性犯罪者が増えてしまうんじゃないかって。小さい女の子が好きな人で、この業界があることで、気分を紛らわしてる人もいるだろうし。(略)でも厳しくされたら、自分がやることなくなっちゃう……?
仲村みう、『サイゾー』2007年12月号[67]

と述べている。

2007年10月16日東京都板橋区内の女子高校生が過激な水着姿で出演するわいせつなDVDを製造したとして児ポ法違反容疑で心交社のチーフプロデューサーら4人が警視庁少年育成課に逮捕された[68][69]

報道によると、チーフプロデューサーらは2007年2月1日3日、当時17歳の少女をバリ島に連れ出し、DVDを撮影した[70]。少女は2006年4月頃プロダクションと契約し、ジュニアアイドルとして人気があったという。本作では股間を誇張した映像や、水着の上から少女自身の形状が確認できる映像など好き放題に撮られたが、出演料はたったの5万円だった[71]。その後5月にもバリ島に行きDVDを撮影するが、家族が「家出した」と思い警視庁に相談したことがきっかけで発覚した[72]

本事案は、全裸シーンのないDVDの作品全体を児童ポルノと認定した全国初の事案として報じられたが、東京地検は「撮影対象になったのは17歳で、他の児童ポルノに比べ悪質性が高いとはいえない」として児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑での起訴を見送り、少女の心身に有害な影響を与えるような撮影をする目的でバリ島に連れ出した行為を児童福祉法違反(有害目的支配)[73]として起訴した[74][75]

2009年2月17日、警視庁はピンキーネット社長のK・Sら3人を児ポ法違反(児童ポルノ製造)の容疑で逮捕したと発表[76]。3人とも容疑を認め、事件以降は公式サイトも閉鎖されている。警視庁発表によると、Kらは2008年6月22日、都内のスタジオで少女(16)に水着や下着を着せ、動画を撮影した。少女はインターネット上でタレント募集の広告を見て応募してきた。詳しい説明もなく撮影されていた[77]。この動画には、下腹部を誇張した水着のシーンや女性スタッフが水着の上からおっぱいを触っているシーンが含まれている[78]

全裸シーンのない動画を児童ポルノと認定して関係者を逮捕したのは全国でこれが2例目である[78]。Kは「DVDの製造自体には直接かかわってはいない」として児ポ製造幇助で起訴されている[79]

脚注

参考文献

関連項目

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