ジョン・デュプランティエ
アメリカ合衆国のプロ野球選手
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ジョン・クリストファー・デュプランティエ(Jon Christopher Duplantier、1994年7月11日 - )は、アメリカ合衆国デラウェア州ニューアーク出身のプロ野球選手(投手)。横浜DeNAベイスターズ所属。右投左打。愛称は、「デュープ」[2]。

(2025年8月9日、京セラドーム大阪にて)
| 横浜DeNAベイスターズ #0 | |
|---|---|
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2026年4月16日 明治神宮野球場にて | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | デラウェア州ニューアーク |
| 生年月日 | 1994年7月11日(31歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2016年 MLBドラフト3巡目(全体89位) |
| 初出場 |
MLB / 2019年4月1日 NPB / 2025年4月3日 |
| 年俸 | 300万ドル(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
プロ入りとダイヤモンドバックス時代
2016年のMLBドラフト3巡目(全体89位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名され、プロ入り。契約後、傘下のA-級ヒルズボロ・ホップスでプロデビューし、1試合に登板した。
2017年はA級ケーンカウンティ・クーガーズとA+級バイセイリア・ローハイドでプレーし、2球団合計で25試合(先発24試合)に登板して12勝3敗、防御率1.39、165奪三振を記録した。また、この年はオールスター・フューチャーズゲームのアメリカ合衆国選抜に選出された[3]。
2018年にMLB.comが発表したプロスペクトランキングでは74位、ダイヤモンドバックスの組織内では1位にランクインした[4][5]。この年はルーキー級アリゾナリーグ・ダイヤモンドバックスとAA級ジャクソン・ジェネラルズでプレーし、2球団合計で16試合に先発登板して5勝1敗、防御率2.55、77奪三振を記録した。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、ソルトリバー・ラフターズに所属した。
2019年4月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[6]、同日のサンディエゴ・パドレス戦で10対3とリードした7回からメジャー初登板し3回無失点で初セーブを記録した。また、この試合で同じくメジャー初登板の先発メリル・ケリーが勝利投手となり、セーブが公式記録となって以降、同じ試合でメジャーデビューした2人の投手がそれぞれ勝利とセーブを記録する初のケースとなった[7]。この年は15試合(先発3試合)に登板して1勝1敗1セーブ、防御率4.42、34奪三振を記録した。
2021年は4試合(全て先発)に登板して0勝3敗、防御率13.15と打ち込まれ、7月27日に自由契約となった[8]。7月31日にマイナー契約でダイヤモンドバックスと再契約した[8]。シーズンオフの11月7日にFAとなった[8]。
ドジャース傘下時代
2021年12月4日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだが[9]、12月8日に行われたルール・ファイブ・ドラフトのマイナーリーグフェイズでロサンゼルス・ドジャースから指名され移籍した[10]。しかし、移籍後もメジャーへの昇格機会は無く、2022年オフの11月10日にFAとなった。
フィリーズ傘下時代
2023年1月4日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加した[8]。3月31日にAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスに配属された[8]が、6月17日に自由契約となった[8]。
メッツ傘下時代
2024年2月29日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び[11]、同日中にAAA級シラキュース・メッツに配属されたが、6月13日に自由契約となった[8]。
独立リーグ時代
2024年7月11日、アメリカン・アソシエーションのレイクカントリー・ドックハウンズと契約し、4試合に先発し計18イニングを投げ、30奪三振、防御率0.00を記録[12]。
ドジャース復帰
2024年8月8日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び[13]、同日中にAA級タルサ・ドリラーズに配属された。そして、15日にAAA級オクラホマシティ・ベースボールクラブに昇格した。ただ、この年も移籍前を含めてメジャーに昇格する機会は無く、オフの11月4日にFAとなった[8]。
ドジャース傘下退団後
当初ミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結び、翌2025年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになっていたが、12月16日に一転して日本球界入りを目指し、自由契約となった[14][15]。
阪神時代
2024年12月29日、NPBの阪神タイガースへの入団が発表された。推定年俸は75万ドル(約1億1600万円)[16]。背番号は20[17]。阪神の嶌村聡球団本部長は、「先発の時でも平均球速が150km/h以上出る。うちの先発はどちらかと言うと技巧派が多いから、他球団の強力打線を抑えるにはこういう投手が必要と思った」と獲得の意図を説明した[18]。
2025年は一軍主力が集まる宜野座でキャンプインし[19]、体調不良で一時離脱するも完走[20]。オープン戦でもアピールを続け、開幕ローテーション入りを果たした[21]。4月3日の対横浜DeNAベイスターズ戦(京セラドーム大阪)で一軍初登板・初先発(6回1失点、勝敗付かず)[22]。5月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦(阪神甲子園球場)では、6回無失点の好投で来日初勝利を挙げると同時に初安打も記録した[23]。6月5日の対北海道日本ハムファイターズ戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)で、6回2/3を無失点、12奪三振の好投で2勝目を挙げると[24]、6月19日の対千葉ロッテマリーンズ戦(甲子園)では、来日初完投、初完封を記録(3勝目)[25][26]。6月はこの2試合を含む4試合に登板し3勝1敗、防御率1.01、26回2/3を投げて36奪三振を記録するなど高い安定感と奪三振能力を見せ、自身初となる月間MVPに選出された[27]。7月5日の対DeNA戦(横浜スタジアム)では再び完封勝利を挙げ、5勝目を記録した[28]。同月12日の対ヤクルト戦(甲子園)では、先制点を許すと同時に連続無失点イニング記録こそ28で止まったものの、その裏味方が逆転し、7回5安打2失点10奪三振で6勝目を挙げ、その時点で奪三振数が105となりリーグ首位に立つ[29]。しかし次の登板となった20日の対巨人戦では、無失点にもかかわらず3回で降板、オールスターゲーム明けの29日、疲労を考慮し初の登録抹消となる[30]。
8月9日対ヤクルト戦(京セラドーム大阪)で一軍復帰登板したものの5回2失点で勝敗つかず[31]、次は19日対中日戦での登板が予定されていたが、下肢の張りを理由に18日再び登録抹消となり[32]、結局その後シーズン終了からクライマックスシリーズまで一軍戦での登板はなかったにもかかわらず、最後の一軍戦登板から約2か月半後の10月26日、阪神が先勝した翌日の日本シリーズ第2戦(みずほPayPayドーム福岡)の先発に抜擢される。しかし味方が先制し1-0で迎えた1回裏に二死からの連続適時打で3失点し逆転を許すと、2回も二死から適時打や暴投などで計7失点、来日最短となる1回3分の2、52球(被安打6四球3)で降板、敗戦投手となった[33]。同年は6勝3敗で防御率1.39の成績を残し、球団は翌年の契約をオファーしていたが、交渉が難航し[34]、契約保留選手名簿に掲載されず自由契約となった[35]。阪神側は再契約交渉を継続していたが、12月13日に事実上断念し、退団が決定したことが報じられた[36]。11月1日に帰国する際、「絶対、タイガースには帰ってこないです!シランケド!」と冗談も話していた[37]。
DeNA時代
阪神との交渉決裂が報じられた前後には、福岡ソフトバンクホークスが獲得に動き、移籍が決定的だとスポーツ紙各紙が報じていたが[38]、のちにソフトバンクとの最終合意に至らず、横浜DeNAベイスターズが移籍先に浮上する報道がなされるようになった[39]。2026年1月5日になり、DeNAが獲得を正式に発表した。背番号は0[40]。推定年俸は300万ドル(約4億7000万円)の1年契約と報じられている[1]。
同年は開幕ローテーション入りしていたもの、2試合目の登板となる予定だった試合を前にインフルエンザに罹患していたことが判明した。4月7日に感染症特例で出場選手登録を外れた[41]。チームドクターの診察を受け、同月10日にチームに再合流した[42]。16日に2試合目の先発登板をするも敗戦投手になり、0勝2敗の成績で[43]20日に上半身のコンディション不良により登録を抹消された[44]。
投球スタイル
人物
高校時代は野球とアメリカンフットボールの両方で活躍し、また国内のトップ大学に入学できるほど学業成績が優秀で、名門イェール大学でクォーターバックとしてプレーする計画を立てていた時期もあった。好きな科目は数学と科学。超エリートのみが入会できるNational Honor Society (NHS)のメンバーである[49]。
趣味は釣りや映画。子供の頃からマイケル・ジョーダンのファンで、お気に入りの映画としてマイケル・ジョーダン主演の『スペース・ジャム』や、『ワイルド・スピード』シリーズを挙げている[48]。
姓のデュプランティエはカナ8文字で、これは阪神に在籍した外国人選手では、1962年に在籍し未出場だった投手のマーク・ブラウンスタイン、1972年に54試合に出場した野手のレオン・マックファーデンと並んで最長タイ[18]。
2025年6月19日に行われたセ・パ交流戦のロッテ戦でのヒーローインタビューの締めのコメントを求められた際に、「そうですね。そうですね。ぼちぼちいこうか。お願いします」と日本語でコメントした[50]。そのコメントが話題となり、「でゅーぷのぼちぼちいこか」のTシャツとフェイスタオルの2つのグッズが2025年7月11日から販売されている[51]。
阪神在籍時は、タイガースのロゴと、カタカナで「デュプランティエ」という刺繍が入ったZETT製のグラブを使用していた[52][53]。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2019 | ARI | 15 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | .500 | 163 | 36.2 | 39 | 2 | 18 | 1 | 5 | 34 | 2 | 0 | 18 | 18 | 4.42 | 1.55 |
| 2021 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | .000 | 70 | 13.0 | 19 | 5 | 8 | 0 | 2 | 12 | 0 | 0 | 19 | 19 | 13.15 | 2.08 | |
| 2025 | 阪神 | 15 | 15 | 2 | 2 | 0 | 6 | 3 | 0 | 0 | .667 | 349 | 90.2 | 53 | 1 | 20 | 1 | 6 | 113 | 2 | 0 | 19 | 14 | 1.39 | 0.81 |
| MLB:2年 | 19 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | .200 | 233 | 49.2 | 58 | 7 | 26 | 1 | 7 | 46 | 2 | 0 | 37 | 37 | 6.77 | 1.71 | |
| NPB:1年 | 15 | 15 | 2 | 2 | 0 | 6 | 3 | 0 | 0 | .667 | 349 | 90.2 | 53 | 1 | 20 | 1 | 6 | 113 | 2 | 0 | 19 | 14 | 1.39 | 0.81 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別打撃成績
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2025年度シーズン終了時
表彰
NPB
記録
MiLB
- オールスター・フューチャーズゲーム選出:1回(2017年)
初記録
- 投手記録
- 初登板・初セーブ:2019年4月1日、対サンティエゴ・パドレス(ペトコ・パーク)、7回裏に2番手で救援登板・完了、3回無失点
- 初奪三振:同上、7回裏にフランチー・コルデロから空振り三振
- 初勝利:2019年5月9日、対アトランタ・ブレーブス(チェイス・フィールド)、10回表に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初先発登板:2019年5月31日、対ニューヨーク・メッツ(チェイス・フィールド)、5回3失点で勝敗つかず
- 打撃記録
- 初打席:2019年4月1日、対サンティエゴ・パドレス(ペトコ・パーク)、9回表にロバート・ストックから空振り三振
- 初安打:2019年9月24日、対セントルイス・カージナルス(チェイス・フィールド)15回裏にダニエル・ポンセデレオンから遊撃内野安打
NPB
初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2025年4月3日、対横浜DeNAベイスターズ3回戦(京セラドーム大阪)6回1失点で勝敗つかず[55]
- 初奪三振:同上、1回表に梶原昂希から見逃し三振
- 初勝利・初先発勝利:2025年5月3日、対東京ヤクルトスワローズ6回戦(阪神甲子園球場)、6回無失点[56]
- 初完投・初完投勝利・初完封:2025年6月19日、対千葉ロッテマリーンズ3回戦(阪神甲子園球場)、9回無失点[57]
- 打撃記録